麻生太郎 安倍 親戚。 麻生太郎の家系図がすごい!見た目はマフィアみたい?海外の反応は

安倍家と麻生家の家系図を辿ってわかった歴代総理の異常な親戚関係

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そして麻生太郎さんの母は、戦後日本を導いた吉田茂首相の娘、和子さんです。 さらに妹は、三笠宮寛仁親王と結婚した信子妃ですから、麻生太郎さんは、皇族とも縁戚関係があります。 また麻生太郎さん自身、鈴木善幸元首相の娘を嫁にしています。 さらに家系をたどると、明治の元勲大久保利通をはじめ、岸信介元首相や、現内閣総理大臣である安倍晋三さんにもつながる麻生太郎さん。 家系図をひもとくと、まさに麻生さんの家系は華麗なる一族なのです。 なんだか響きが凄いですよね。 麻生家は旧華族や皇室との結びつきが濃い家系!? 麻生太郎さんは前述したように、1983年に元首相の鈴木善幸さんの三女である千賀子さんと結婚し、一男一女をもうけました。 弟の泰さんの妻和子さんの祖母は、「伯爵 牧野伸顕」の二女利武子であり、利武子の姉雪子は吉田茂の妻です。 妹の雪子さんは、「子爵 相馬恵胤」の息子で相馬家当主の相馬和胤と結婚しました。 末の妹の信子さんは、寬仁親王妃となり彬子女王と瑶子女王をもうけました。 つまり、麻生家は旧華族や皇室との結びつきが非常に濃い家系になるのです。 なんとなく麻生さんの奔放な発言に納得してしまいました。 麻生太郎・麻生家始まりのストーリー! 麻生家は1857年に生まれた「麻生太吉さん」から始まります。 当時はまだ庶民が、 西アフリカでダイヤモンド採掘業にも従事しました。 1973年には麻生セメントの社長になり、1962年の原油の輸入自由化によって衰退していた炭鉱業からセメント業への転換を成功させました。 1979年の衆議院議員総選挙に福岡から出馬して、 定員5名中4位で初当選して政界へ入りました。 狭き門ですね。 そして、1996年に橋本内閣の経済企画庁長官に就任して初入閣します。 2001年には自民党総裁選に出馬して、元首相の小泉純一郎さん、橋本龍太郎さんと戦って3位、となりました。 麻生太郎が総理大臣に就任・そして辞職! 小泉政権で党政務調査会長を務め、2003年に総務大臣として入閣して、郵政民営化を進めました。 2006年に再び自民党総裁選に出馬するも現総理の安倍晋三さんに敗れ、外務大臣として入閣しました。 2007年に自民党総裁選に出馬した際は福田康夫さんに敗れ、 2008年4度目の自民党総裁選でついに自民党総裁となり、9月に第92代内閣総理大臣に就任しました。 しかし、たった一年後の2009年8月の衆議院議員総選挙で自民党が民主党に惨敗して第1党の地位を失い、9月に麻生内閣が総辞職しました。 3年後の2012年の衆議院議員総選挙で自民党が政権を奪還、第2次安倍内閣が成立すると、副総理兼財務大臣兼内閣府特命担当大臣(金融担当)として入閣して、今日の麻生太郎さんに至ります。 麻生太郎さんの経歴も、祖父や父に負けず凄いです。 麻生太郎の年齢はいくつ?経歴・学歴や大学もものすごい!? 麻生太郎さんは、1940年生まれの77歳。 現閣僚の中では最長老です。 学習院大学を卒業後は、アメリカのスタンフォード大学や、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに留学。 帰国後は麻生セメントの社長に就任。 自社の経営に努めました。 麻生太郎の政界入りは比較的遅く1979年、39歳で衆議院議員に初当選。 一度の落選をのぞいて、以後12回の当選を果たしています。 麻生太郎さんは、自他ともに認める、おしゃれで明るい性格ですが、少し口が軽く、ときおり問題発言をしていますね。 また意外ですが、1979年のモントリオールオリンピックに、クレー射撃の日本代表として出場していることでも有名です。 やはり現役で活躍している麻生さんは元気ですよね。 これは元スポーツ選手というところから来ているのかもしれませんね。 麻生太郎の家系図・学歴や経歴が疑われる声も!? 現閣僚の中でも長老の麻生太郎さんですが、どうやら漢字の多様な読み方は苦手なようでで、漢字の誤読が多さが、マスコミ格好のネタとなっています。 例えば、怪我を「かいが」、完遂を「かんつい」、焦眉を「しゅうび」、順風満帆を「じゅんぷうまんぽ」、 措置を「しょち」、思惑を「しわく」などと読み違えています。 誰でもひとつは間違えてしまいそうなものばかりですが、やはり他の政治家たちより、麻生太郎さんは、圧倒的に漢字の誤読が多いですね。 なんだかお茶目で可愛いですですけどね。

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極悪人、麻生太郎。

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華麗なる一族(麻生邸) 近年、日本社会には大きな変化が起きている。 それは、権力の中枢が「名家・名門」に回帰していることだ。 政界では安倍政権の要職を「政治家一族」で占め、財界では大企業のトップが次々、「創業家一族」に戻っている。 政界の3大名門といえば、「安倍(岸)家」、「麻生家」、そして「鳩山家」だ。 安倍晋三・首相と麻生太郎・副総理が縁戚にあたることは、世間にはなじみがなくても政界ではよく知られている。 だが、安倍政権を支える岸田文雄・外相や宮沢洋一・前経産相(現自民党税調会長)まで結ばれ、実は政敵の鳩山家とも親戚だと聞けば驚く人は少なくないはずだ。 安倍家と麻生家の両家を軸に系図を辿ると、吉田茂、鳩山一郎をはじめ、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、三木武夫、鈴木善幸、宮沢喜一、細川護煕、橋本龍太郎、鳩山由紀夫と、戦後の総理大臣のうち13人が繋がり、まさに日本政界のエスタブリッシュメント(支配階級)を構成する閨閥が構成されている。 この閨閥は皇室ともつながり、住友財閥、森コンツェルン(昭和電工)、日産コンツェルン(日産自動車)など多くの財界人、外交官、高級官僚、軍人を輩出してきたのだ。 安倍家は平安時代末、「前九年の役」で源頼義に敗れた安倍貞任の末裔を名乗っており、安倍首相自身、岩手県を遊説した際、「安倍貞任の末裔が私となっている。 ルーツは岩手県。 その岩手県に帰ってきた」と演説したことがある。 安倍家は長州の大庄屋(造り酒屋)を務めた家系だが、華麗なる閨閥を誇るのは岸信介、佐藤栄作の兄弟宰相を生んだ母方の佐藤・岸家だ。 岸家は長州藩の郡代官の家柄、佐藤家の祖・信寛は吉田松陰の兵学の師で明治維新後は島根県令(知事)などを務めた。 さらに佐藤栄作の次男・信二の夫人を通じて美智子皇后の実家の正田家や住友本家、森コンツェルン、三木武夫に辿ることができる。 佐藤・岸家と麻生家の繋がりは、岸信介の従兄弟の夫人が吉田茂の長女で、すなわち麻生副総理の伯母である。

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日本銀行の黒幕は天皇家と麻生太郎だった。(上級国民「藤原氏」の末裔について)

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安倍晋三首相の父親・安倍晋太郎と家族構成 まずは、 安倍晋三首相の家族を簡単にみてみましょう。 安倍家の家族である、 父親・母親・兄弟についてです。 ・安倍晋太郎 大正13年、安倍寛長男 東大法学部卒 衆議院議員 農林大臣・官房長官・通産大臣・外務大臣を歴任 妻・洋子 昭和3、元首相・岸信介長女 白百合高女卒 長男・寛信 昭和27 成蹊大経済卒 三菱商事パッケージング社長 二男・ 晋三 昭和29年 成蹊大法卒 衆議院議員、内閣総理大臣 同妻・昭恵 昭和37、森永製菓社長・松崎昭雄長女 聖心女子専門学校出身 元電通勤務 三男・信夫 昭和34 岸信和の養子となる 安倍晋三首相の母親・洋子さんが、 岸信介元首相の長女ということになります。 つまり、 安倍晋三首相の母方の祖父が、 岸信介ということになります。 安倍晋三首相の祖父・岸信介との関係系図 では、 安倍晋三首相の母方の祖父である、 岸信介の家系図を見てみましょう。 ・岸信介 明治29、山口、佐藤秀助二男、山口士族・岸信政養子 東京帝大法学部卒 第56代内閣総理大臣 妻・良子 明治34、養父・岸信政二女 実践高女出身 長男・信和 大正10 京都帝大経済卒 西部石油会長 長女・洋子 昭和3 白百合高女出身 安倍晋太郎と婚姻 岸信介の家族は、 このような構成になっています。 繰り返しになりますが、 岸信介の長女が、 安倍晋三首相の母親である、 安倍洋子さんになります。 岸信介の父親は、 山口県庁に勤める、佐藤秀助でしたが、 岸信政の養子になったのでした。 安倍晋三首相の祖父・岸信介の実家・佐藤家の家系図 では次に、 岸信介の実家である、 佐藤家の家系図を見てみましょう。 ・佐藤秀助 山口、岸要蔵三男 山口県庁勤務 妻・茂世 山口、佐藤信彦女 長男・市郎 明治22 海軍大学校卒 海軍中将 二男・信介 明治29 岸信政の養子となる 三男・栄作 明治34 東京帝大法科卒 第61代内閣総理大臣 岸信介の実家である、 佐藤家には 三人兄弟の男子がいました。 長男が海軍中将・佐藤市郎で、 二男が元首相・岸信介。 三男が元首相・佐藤栄作です。 佐藤秀助の、「妻・茂世」とあるのが、 安倍晋三首相の曽祖母にあたる人物です。 安倍晋三首相の曽祖母・佐藤茂世の家系図 安倍晋三首相の曽祖母・佐藤茂世さんの、 家系図を今度は見てみましょう。 冒頭の佐藤信彦というのが、 安倍晋三首相の高祖父ということになります。 ・佐藤信彦 山口県会議員、漢学者 妻・みね 徳山藩士・国広治左衛門の女 女・茂世 佐藤秀助と婚姻 女・さわ 山口、吉田祥朔と婚姻 安倍晋三首相の曽祖母である、 佐藤茂世の家族です。 佐藤茂世の妹に「さわ」という人がいますが、 この人が嫁いだのが、 山口県の吉田祥朔です。 安倍晋三首相と麻生太郎を結ぶ、吉田家の家系図 次いで、 この吉田祥朔の家系図を見てみましょう。 ・吉田祥朔 明治10、山口県出身 山口中学教諭、郷土史家 妻・さわ 山口、佐藤信彦の女 長男・寛 外交官 同妻・桜子 明治43、元首相・吉田茂長女 吉田祥朔の長男・吉田寛は、外交官でしたが、 元総理大臣・吉田茂の長女である桜子と結婚しました。 どちらとも、「吉田」姓ですが、 同族ではなく、偶然同じ苗字同士で結婚したようです。 安倍晋三首相の曽祖母・「茂世」の甥が、 吉田茂の長女と結婚した、ということになります。 安倍晋三首相の家系からつながる吉田茂の家系図 では、 吉田茂の家系図をチェックしてみましょう。 ・吉田茂 明治11、高知、竹内綱五男、貿易商・吉田健三養子 東京帝大政治科卒 駐英大使、外務大臣、貴族院議員、衆議院議員 内閣総理大臣を歴任 妻・雪子 明治22、伯爵牧野伸顕長女 長男・健一 明治45 ケンブリッジ大学出身 英文学者 長女・桜子 明治43 外交官・吉田寛と婚姻 三女・和子 大正4 麻生セメント会長・麻生太賀吉と婚姻 四男・正男 大正6 学習院大教授 吉田茂の次女は、 麻生セメント会長の麻生太賀吉と結婚しています。 この、 麻生太賀吉が、 麻生太郎財務大臣の父親にあたる人物です。 というようにつながって、 安倍晋三首相と、麻生太郎財務大臣は親戚ということになるのです。 関係を整理すると、 安倍晋三首相の曽祖母の甥が、麻生太郎財務大臣の伯母と結婚した、 という関係です。 安倍晋三首相と麻生太郎財務大臣は親戚 では、 次に 麻生家の家系図を見ていきましょう。 ・麻生太賀吉 明治44、福岡、麻生太吉孫 福岡中学出身 麻生セメント会長 衆議院議員 妻・和子 大正4、元首相・吉田茂三女 聖心女学院出身 長男・太郎 昭和15 学習院大政経学部政治学科卒 衆議院議員、副総理兼財務大臣兼金融担当大臣 第92代内閣総理大臣 三女・信子 昭和30 聖心女子学院中等科出身、英国留学 三笠宮寛仁親王と婚姻 麻生太郎財務大臣の妹・信子さんが、 三笠宮寛仁親王と結婚しました。 三笠宮家というのは、 宮家であり、皇室です。 安倍晋三首相と麻生太郎、天皇家は親戚 三笠宮家の家系図を、 今度は見てみましょう。 ・三笠宮崇仁親王 大正4、大正天皇四男 陸軍士官学校、陸軍大学校各卒 三笠宮家を創立 妃・百合子 大正12、子爵高木正得二女 女子学習院卒 第一男子・寛仁親王 昭和21 学習院大学法学部政治学科卒 親王妃・信子 昭和30、麻生セメント会長・麻生太賀吉第三女 聖心女子学院中等科卒、英国留学 麻生太郎財務大臣の妹・信子さんの夫が、 三笠宮寛仁 ともひと 親王です。 三笠宮寛仁親王の父親である、三笠宮崇仁 たかひと 親王は、 大正天皇の四男にあたります。 つまり、 三笠宮崇仁親王は、 昭和天皇の弟ということですね。 昭和天皇の長男にあたるのが、 現在の 天皇陛下です。 つまり、 麻生太郎財務大臣から見ると、 妹の夫・三笠宮寛仁親王のいとこが、天皇陛下ということになります。 このようにして、 安倍晋三首相の家系図を広げていくと、 麻生太郎財務大臣につながって、 天皇家まで、つながっていくんです。 つまり、 安倍晋三首相と、麻生太郎財務大臣と、天皇陛下は親戚ということになります。 壮大な家系図ですね。 協力:近代名士家系大観 家系図の一部箇所は、省略して記載しました。 参照記事.

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