夢をみる島。 『ゼルダの伝説 夢をみる島』原作の小ネタ&裏技は残ってるの? 気になるところを検証してみた

『ゼルダの伝説 夢をみる島』はなぜ名作と呼ばれるのか――それは桜が散るかのような美しさをゲームで表現したからだ

夢をみる島

もしかして、この『夢をみる島』が成功したら、新作出してくれるかも知れませんが・・。 というわけで今回は リメイク作の『夢をみる島』の過去作の評価と感想をまとめてみたいと思います! まあ、面白いのはわかってるんですが・・・。 <9月20日更新> いよいよ発売されたスイッチ版『ゼルダの伝説夢をみる島』さっそく評価感想をまとめてみました!原作に忠実なリメイクですが、評価はかなり高いです!• スイッチ版リメイクゼルダの伝説夢をみる島は面白い?過去作の評価と感想まとめ! ニンテンドーswitchで ゼルダの伝説の夢をみる島が 今年リメイクされるとのことなんで ゲームボーイのオリジナルを遊んでみる! 懐かしい! 白黒でもじゅうぶん遊べる。 そもそもは、ニンテンドーの携帯ゲーム機『ゲームボーイ』のソフトとして発売されたのが元。 ! ゲームボーイはコレ! 出典:ウィキペディア なんともレトロな見た目ですが、おじさんたちはこれは「すげえ、未来っぽい!」と思ってよだれを垂らしながら遊んでいたものです。 通信対戦もケーブルで行うという、今からしたら「大アナログ」なハードでしたね。 ゲームのプレイ画面がこんな感じ。 ゲームボーイで発売された『ゼルダの伝説 夢をみる島』 時系列で言うとこの3つがつながっています。 発売されたのは スーパーファミコンで発売された『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』 1991年11月21日 ゲームボーイで発売された『ゼルダの伝説 夢をみる島』 1993年6月6日 ゲームボーイカラーで発売された『ゼルダの伝説 ふしぎの木の実』 2001年2月27日 という順番なので、『ふしぎの木の実』は、後付けで作られた感じですね。 (ちなみに任天堂じゃなくてカプコンがつくっているんですねコレ) 『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』も非常におもしろい名作です。 Wii、Wii U、Newニンテンドー3DSバーチャルコンソールでも遊ぶことができるので、リメイク発売まで待てない方は、やっておいてもいいですね。 非常におすすめです! ゼルダの伝説夢をみる島の評価感想は? では本題ゼルダの伝説夢をみる島の評価感想はどんな風になっているのでしょうか? リメイクされるという時点で「名作」に違いないのですが、今までプレイした人はどのように評価しているんでしょうか? 「Switchリメイクの夢をみる島が初プレイになる人も多いだろうからあんまりネタバレになる事は言わないけど ノーデスクリア時のエンディングで涙腺壊れかけた、ラストでマリンちゃんとのイベントが全て思い出されるんだよ…」 「ゼルダの伝説の夢をみる島がリメイクされるって聞いて真っ先に思ったのが、「Switchでもボスのビームをスコップで跳ね返せるのだろうか」でしたね。 懐かしいな。 エンディングで泣きかけました。 」 「夢をみる島のリメイクは玩具の人形を動かしてるようなグラになってて驚いた。 でもストーリー最後まで知ってると、夢島にはあのグラが相応しいって思う」 さすがにリメイクされるだけあって、 面白いのには間違いないみたいですが、特筆すべきはその「物語」ですね。 ゼルダシリーズの中でも、時系列とは「それほど深い関係のない」物語なのですが(プレイしてみたらわかります) とにかく物語、ストーリーがいい!と絶賛されている作品なんです。 ちょっと触れただけでも「ネタバレ」になってしまうので、触れられませんが、 とにかく「エンディングが泣ける」ゲームとしても有名なんですね。 ゼルダの伝説「夢をみる島」をまだプレイしていない人は、この「エンディング」のネタバレは極力目にしないことをお勧めします! でないと、この物語を十分に楽しむことができなくなると思いますので・・。 発売までまだ間はありますが、純粋な気持ちでプレイしたい場合は、できるだけネタバレを遠ざけておくことをお勧めいたします!.

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『ゼルダの伝説 夢をみる島』はなぜ名作と呼ばれるのか――それは桜が散るかのような美しさをゲームで表現したからだ

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理由はいくつか考えられる。 短めながらも綺麗にまとまった一作であること、カービィやクリボーすら出てくるという異質な世界観ながらも「ゼルダの伝説」らしさが詰まっているなど。 しかし重要なのは、メタフィクションものとしてよくできていることではないか。 私はニンテンドー3DSのバーチャルコンソールで原作(厳密にはGBC向けリメイク版『ゼルダの伝説 夢をみる島DX』)をはじめて遊んだのだが、そのときは本作の良さをうまく言語化できなかった。 しかしNintendo Switch向けリメイク版では、よりこのゲームの魅力がはっきりと感じられたのである。 では、その「夢をみる島」の魅力とはなんなのか? 実をいうと本作は、リンクを主役とした冒険譚というより、プレイヤーそのものについて語った「ゲーマーとゲームの物語」なのではないかと考えている。 だからこそ、多くの人にとって忘れられない一作になっているのではないだろうか。 しかし、この島は何かがおかしい。 違和感を覚えながら冒険を進めていくと、敵にこう言われるのだ。 「だがよ オメエも 消えるのさ。 かぜのさかなが 起きちまえばな」 そう、コホリント島はかぜのさかなが見ている夢に過ぎないのである。 この島から脱出するということは夢が覚め、すべてが消えるということ。 冒険を進めるたびに、プレイヤーはそのことを強く意識するようになる。 コホリント島のおかしな点はいくつもある。 まず、本作は名前入力から始まるのだ。 主人公にはリンクという名前があるわけで、わざわざ入力させなくたっておかしくない。 だが、いちいち名前を入れられるようになっているのだ。 そして、村の子供たちがメタ的なセリフを吐くところも気になる。 操作説明を教えるのはいいにしても、その後に「でも おいら こどもだから なんのことやら さっぱり わかんないや」とわざとらしい態度を取る。 元が古いゲームとはいえ、うまくやろうと思えばもっと自然に操作説明ができただろう。 村にいるキツネは「カキクケコーン」とふざけた鳴き声を聞かせてくれるし、ダンジョンにはクリボーやゲッソーに似た敵がいる。 しかし、非常に似てはいるがどこか違うデザインになっており、なんらかの意図が感じられるのだ。 このように違和感がとても多い「夢をみる島」だが、やはりこういった設計になっているのには理由があると思われる。 それを知るには、「かぜのさかなの歌」の歌詞を見るのがいいだろう。 「かぜのさかなの歌」の歌詞から読み取れる「夢をみる島」の意味 は原作にも存在した曲だが、歌詞がついたのはNintendo Switch版がはじめてとなる。 夢が覚めることを悲しく思う切ない曲なのだが、その中の一節で気になるのがここだ。 「夢よどうか覚めないで きみは願うけれど」 これはどこかおかしい。 リンクが目覚めることを目的として冒険していることは間違いないし、かぜのさかなもまた目覚めを求めてリンクを誘導する。 それはプレイヤーだ。 ゲーム(夢)は明らかにプレイヤーを楽しませるために存在しているわけで、それは喜ぶ人からすれば「夢よ どうか覚めないで」とすら思いたくもなるものだ。 しかし、どんなゲームにも終わりや飽きがあるわけで、それが「夢はいつか覚めるもの それが時のさだめ」という部分に該当する。 「かぜのさかなの歌」を聴けば聴くほど、「夢をみる島」がゲームとプレイヤーの関係性を現した一作であるように見えてくる。 そのうえ、前述の違和感を覚えさせる仕掛けにもいろいろと納得がいくのだ。 子供がメタ的なセリフを吐くのは「これはゲームだ」ということをプレイヤーに強く意識させるためである。 パチモノの敵キャラクターが出るのも同じことで、「なんだかニセモノっぽいな?」と思えるのはリンクではなくプレイヤーのほうだ。 ゲームを遊ぶ側の目線をリンクと同一化させるのではなく、あくまでプレイヤーという立ち位置に固定しようとしているわけだ。 そう、プレイヤーはリンクになりきるのではなく、あくまでプレイヤーのままでいていいのである。 だからこそゲームを開始して最初に名前を入力させる必要があるのだ。 そして、エンディングのリンクの表情にも納得がいく。 すべての夢が泡のように消え去ったというのに、彼は爽やかな表情でその様子を眺めているのだ。 プレイヤーはどこか切ない思いを抱くというのに、彼はなにかをやり遂げたというような顔。 その対比もまたリンクと自分の違いを明確にしている。 つまり、『ゼルダの伝説 夢をみる島』はリンクの冒険譚でもあるが、同時にプレイヤーがゲームに挑む姿も描いているのだ。 コホリント島は楽しい夢の世界。 プレイヤーは冒険を進めることでその夢のことを知り楽しみを得る。 しかしながら、その楽しい世界は泡のようにいずれ消え去ってしまう(ゲームは終わりを迎える)、という事実にも向き合わねばならない。 「夢をみる島」はただ楽しさを描くだけでなく、終えたあとの寂寥を感じさせる余韻まで用意しているわけだ。 ゲームの「楽しさ」、「寂しさ」という二面性を描いた意欲作 たまに「RPGを最後のほうまで進めたもののなぜかクリアしたくない」なんて話を聞くが、「夢をみる島」はまさにそんな夢の終わりの寂しさを表現した一作だろう。 あるいは、咲き誇る桜から花びらが散ることに似ているのかもしれない。 確かにゲームをプレイしてクリアするという行為は娯楽を消費しているだけに過ぎないが、プレイヤーにとってそれが重大な体験であればあるほど、終わり際には一抹の寂しさも残るのである。 「夢をみる島」の主人公がプレイヤーであるのならば、マリンはゲームの擬人化だろうか。 マリンと一緒に行動しているとき、彼女はプレイヤーの行動によってさまざまなリアクションを見せてくれる。 会話内容もイベントも豊富で、プレイヤーを楽しませようという気持ちが溢れているのだ。 しかしまた別のシーンでは、マリンは夢から覚めることをなんとなく知っていて、その寂しさをプレイヤーに伝えてくれる。 彼女がゲームそのものだとするのならば、夢が永遠に続かないことは嫌でもわかるのだろう。 電源を落とせば、そこにあったゲームという名の夢は泡のように消えてしまう。 けれども、そこで体験したことは「いつもきみの中に」残り続ける。 この構造そのものをゲームとして表現したのが「夢をみる島」なのだろう。 ただ楽しいゲームを提供するだけでなく、その終わりの余韻にフォーカスしたのが本作なのではないか。 こういった構造の作品を1993年に完成させていたことに、そしてリメイク版でぴったりな歌詞を追加したことに舌を巻く。 確かに「夢をみる島」は名作と呼ばれてもおかしくないだろう。 渡邉卓也()はフリーランスのゲームライター。 かつては「ゼルダの伝説」シリーズが苦手だったが、「ブレス オブ ザ ワイルド」でだいぶ楽しみ方がわかってきた。

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ゼルダの伝説 夢をみる島

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TIPS:BGMが変化する? 名前の入力画面で特定の名称を入力すると、入力後のBGMが変化する。 難易度がゲーム途中で変更できない 難易度を一度決定すると、ゲームの途中から難易度を変更できない。 「ノーマルモード」、「辛口モード」の2種類の難易度があり、辛口モードではノーマルモードの2倍ダメージを受けてしまうので難易度選択に注意しよう。 「どろぼー」をすると二度と買い物ができない 「どろぼー」とは、道具屋で盗みを働くことであり、主人公の名前を「どろぼー」と呼ばれるようになる。 盗みを働くと、道具屋に再度入っただけでゲームオーバーとなってしまい、道具屋での買い物ができなくなってしまうため、二度と買い物ができない。 但し下の真のエンディングを見ることは不可能になってしまう。 TIPS:盗みを働くには? 道具屋で盗みを働くには、剣を入手する必要がある。 剣を入手してから道具屋に行ってみよう。 一度でもゲームオーバーになると真エンディングが見れない 一回でもゲームオーバーになってしまうと真エンディングが見れなくなってしまう。 しかし、こまめにセーブをしていればホーム画面に戻ってやり直せばゲームオーバーにならない。 真エンディングを見たい時はこまめにセーブしておこう。 取り返しがつくようになった要素 緑の服に戻せるようになった DX版では一度服を変更してしまうと、「緑の服」にもどすことはできなかった。 しかし、今回のスイッチ版リメイクでは、服のダンジョンの大妖精に話しかけて「 いつもの緑」を選択すればいつでも変更できるようになった。

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