万引 家族 在 日。 家族に関するほのぼのエピソード/映画『万引き家族』カンヌ公式記者会見

「『万引き家族』は犯罪行為を助長する」という人々に伝えたい大事なこと

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「万引き」は何を暗喩しているか 是枝監督は、『万引き家族』で同様の効果をもっと強烈な形で示した。 映画の後半に起こるある事件によって、「柴田家」は崩壊の日を迎える。 「柴田家」の親子は、寝食をともにするだけでなく、海水浴や花火などの特別なイベントを共有することを通じ、「心がひとつ」になるような「濃密な時間」を積み重ね、情緒的なつながりを築き上げていった。 しかし警察と福祉行政の介入によって、子どもたちは、「遺棄する親」「虐待する親」という「法的・生物学的な家族」へ強制的に「元通り」にされてしまう。 パーソンズのいう「家族の2つの機能」が、社会によって破壊されるのだ。 これは強烈な皮肉というしかない。 当然ながら、是枝監督は「伝統的な家族観」を頭ごなしに否定したいわけではない。 制度や偏見に囚われやすい、わたしたちの保守的な思考が見逃しがちな「他人と人生を一定時間共有することの意味」を掘り下げようとしているのである。 自分を必要としてくれる存在がいない人たちのことを、社会学者の山田昌弘は「家族難民」と名付けた。 まさに『万引き家族』が焦点を当てようとしているのは、この種の問題だ。 一見、「粗末な長屋暮らし」や「万引きして生きていかざるを得ない貧困」の描写に目を奪われがちだが、それは一面にすぎない。 「柴田家」の大人たちが子どもたちから遠ざけようとしているのは、誰にも必要とされないことの悲惨であり、尊厳を踏みにじられることの恐れである。 「経済の貧困」ではなく「関係の貧困」こそがわたしたちの社会に蔓延していることを、本作は別の角度から照射するのだ。 拾ったんです。 誰かが捨てたのを拾ったんです」という発言に、それは現れている。 「盗む」「盗まれる」という発想は、所有の概念と表裏一体である。 「万引き」は、所有にとらわれないことのメタファーとみることができる。 つまり「万引き家族」とは、誰かに所有されることに振り回され、傷付いた者たちの共同体でもあるのだ。

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映画『万引き家族』6月8日(金)全国ロードショー|list|HMV&BOOKS online

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ネタバレ! クリックして本文を読む この家族、誰ひとり血がつながっていない。 それでも、思いやりながら生きて暮らしている。 私は、血がつながっている母親と全く合わない。 子供の頃、そんな母親に殺されそうになったことがある。 そういうこともあってからか母親から愛情を感じたことがない。 血が繋がってるんだから、母親と仲良くしなよなんて言われると心底思う。 自分なりに努力してきても何十年とうまくいかないのにどう仲良くしろと言うのかと。 血がつながっていないからこそ思いやりながら、ある意味、気を使いながら暮らしていけるのかな。 この新型コロナ感染で、収入がなくなり、どう生きていけばわからない人達が集まって暮らし、この映画のような生活があってもおかしくないと思いながら観た。 血が繋がっていても母親と呼びたくない人もいる。 信代が警察から「あなたのことを(子供達は)何て呼んでいましたか?」と言われているシーンが一番印象的だった。 母親と呼べるに相応しい人だけが子供を産めたらいいのにね。 家族って一緒に暮らしたから家族になるわけじゃなくて心を通じ合わせたかどうかが大切で、万引き家族には愛を感じた。 たぶんこの映画に批判的なレビューを書いてる人は普通に幸せな家族で育った人たちなんだろうなって気がする。 自分は家族に愛情を感じたことがあまりなくて、親は仲が悪く、家族のコミュニケーションもあまりない家庭で育ったので、映画の中の貧しいけど笑顔の絶えない仲の良い血の繋がってない家族。 を見て幸せな気持ちになった。 さすがに貧困でありたいとは思わないし、万引きOKでは無いけど、あの家族の空気感がとても心地よかった。 そしてみんな演技が自然で普通にリアルなドキュメンタリーを見てる気分になった。 役者って凄えなぁ 家族ができたら心が通った仲のいい家庭を持ちたいなと思ったし、愛情をたくさん与えられる人になりたいと思った。 久々にいい映画を見たなぁって 満足した。 是枝フリークの私は狙って撮ったなと感じる野心作でした。 初めて是枝映画を観る人にもわかりやすい構成になっていますし、キャスティングも完璧です。 安藤サクラと松岡茉優という初起用ながら間違いない名女優二人を。 リリーフランキーと樹木希林はもはや是枝作品に欠かせないメンバー。 さまざまな家族の形を描いてきた是枝裕和が勝負をかけた集大成ではないでしょうか?数々の是枝作品に出てきた樹木希林に関しては「これが最後かも」と予見していたのではないでしょうか? 安藤サクラが警察での取り調べの長回しのシーンは心震えました。 新自由主義の格差社会をベースに人間の孤独と絆を描いています。 ケンローチ、ポンジュノ、是枝裕和新自由主義下の闇を描くこの三人の監督からは目が離せない。 ネタバレ! クリックして本文を読む レビューを見ていると賛否分かれているが、私はとてもいい映画だと思った。 その一連の流れの最後で登場する末っ子じゅり。 彼女の視線の先にあったのは、大好きなお兄ちゃんの姿だったのではないだろうか。 しかし、血のつながりがないにも関わらず、家族は奇妙で深い絆で結ばれていた。 家族とは? その定義は血のつながりだけではないのだ。 そういったメッセージを強く感じた。 犯罪を擁護するわけではないが、生きていくための手段と称して、万引きをはじめ、さまざまな悪事に手を出す。 そんな生活に自問自答する者もいれば、何も感じずその日暮らしを続けるものもいる。 経緯はどうあれ社会の底辺から抜け出すことはそんなに簡単ではない。 そういう現実をリアルに連想できるような人物設定や描写が秀逸だった。 そこまで丁寧に描かなくとも。 観衆をもっと信じる勇気があってもよいのかと。 ネタバレ! クリックして本文を読む 「そして父になる」「誰も知らない」とも評価ほど面白いと思わなかった。 問題提起とは思うけど。 これも同じ路線なんだけど、今回は話の展開に惹きつけられた。 原作は読んでないけど、同じ手法なのかな? まず、タイトル及び初頭の展開からこの家族は万引きをして生活をしているのか視聴者に思わせる。 だが、見ているうちに家族の関係が見かけ通りではないことに気づき、そこからホロっとさせる展開になる。 この演出(というのかな?)がうまい。 普通にこの疑似家族の出会いから始まるところが映画が始まったのならこれほど集中して観なかったのではないか。 登場人物のセリフから違和感を覚え、注意しながら観ることでこの家族のつながりを考えながら観る映画となった。 秀逸はおばあさんの初枝が亡くなり、死体を埋めたことについて女性の取り調べ警官から「遺棄した」と言われ、信代が「捨てたんじゃんない、拾ったんだ」のシーン。 一人暮らしの老人が人生の終末、たとえ疑似家族でも本当の家族のように暮らしたことを視聴者は知っており、それを知らない警察側からは単なる犯罪として見られることにいら立ちを覚える展開となっている。 父親の役割である治に対しては子育ての面では共感する一方、その日暮らしの生活を続けてきたことのつけとして万引きをしたり、路上あらしの行動にイライラしてきてしまう。 この疑似家族の生活が続かないであろうことを予見させる伏線ともなっている。 おばあさんの初枝は人の痛みが分かる人として描かれている。 亜紀の気持ちに気づいて声をかけたり、新入りの「ゆり」にけがの手当てをして虐待の後に気づいて優しく面倒を見たり。 こういうケアをしてもらうことで人は他人に対する思いやりを持っていくのだという描写が何回かこの映画ではある(自分を殴ったげんこつのうっ血のあとを見つけた亜紀がお客さんをハグする、信代のアイロンのやけどの跡をなでさする「ゆり」)。 自分の居場所がない人たちが集まり疑似家族となっているわけだけど、血のつながった家族よりお互いを思いやっているのでは、と思わせるシーン。 そういうところが響く人と、そうでない人が評価の分かれ目になっているのかも。 自分が居場所がない、と感じたことがある人には刺さる映画だと思う。 Wikipediaでは脚本段階では子どもに「お父さん」「お母さん」と呼んでほしい、という主人公の思いに重点がおかれていたというが、ならば終盤祥太がけがをしたあと慌てて逃げようとしたことについての整合性がつかない。 こどもと自分のどちらに重点をおいたのか。 答えはラストバスの中で少年が振り向かなかったことに表れている。 少年はちゃんと「お父さん」と呼びたかったけどね。 また、ラストについていろいろ言われているけど、ハリウッド映画を見慣れてしまうとハッピーエンドやちゃんとした説明をもとめてしまう。 ヨーロッパ映画やアジアの映画だと、「これで終わり?」てな展開が結構ある。 監督の投げかけ、あとは自分で考えて、ということなんだろう。 もやもやするけど、これが監督の意図するところでもある。 すっきり終わってしまったら観た映画のことすぐ忘れてしまうものだから。

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『万引き家族』地上波初放送!フジテレビで人気映画が続々オンエア

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下町の古い平屋に初江、治と信代の夫婦、その息子の祥太、信代の妹の亜紀が住んでいる。 治は日雇い、信代はクリーニング店で働くも、生活は初江の年金が頼りで、足りない分は万引きで賄っていた。 ある日、家の外に出されていた女の子を、治が見かね連れ帰る。 その体には虐待の跡があり、信代は娘として育てる事を決意。 貧しいながらも、仲良く暮らしているように見えた家族。 しかし、ある事件をきっかけに、この家族の秘密が…。 本作で、ついにカンヌ国際映画祭で最高賞となるパルムドールを受賞。 日本人としては21年ぶり、5回目という快挙。 貧しい中も、口は悪いが楽しげでもあるこの家族だが、実はそれぞれ同居している相手も知らない秘密を抱えていた。 世の中にはさまざまな家族があり、すべてがうまくいっている訳ではない。 では、血のつながりが大事なのか、信頼関係が大事なのか。 社会の底辺に近いところに住む隣人たちも、私たちが見ないふりをしているだけで、同じ社会の中で生きている。 そこにスポットを当てながらも、家族とは何か?の問いは私たちにも発せられている。

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