エベレスト 遺体 栗城。 登山家・栗城史多さんを「無謀な死」に追い込んだ、取り巻きの罪 (2/4)

【観閲注意】エベレストに挑んで亡くなった登山家達の遺体 | ガジェット通信 GetNews

エベレスト 遺体 栗城

栗城さんは過去に7度、エベレストへの登頂を試みていたが、いずれも失敗。 過去の挑戦時に凍傷にかかり、右手親指以外の両手9本の指の第二関節から先を失うという事故にも遭っている。 今回の8回目のエベレスト登頂挑戦は、インターネットテレビの『AbemaTV』が21日から生中継する予定だったが、本人が死亡したため放送は中止された。 インターネット上では栗城さんの死亡のニュースに悲しみの声が広がったが、一方で、「いつかはこんなことが起こるのではないかと思っていた」と、いう辛辣な意見も聞こえてくる。 『無酸素単独』をうたっていたにもかかわらず、実際は酸素ボンベと大勢のスタッフを引き連れて登っていたという事実も発覚しています。 登山の様子をネット中継するなどエンターテインメント要素を取り入れ、多くのスポンサーからの支持を得ていましたが、高額な費用を何とか捻出しながら真剣に登山に取り組んでいる人からは不評を買っていました。 過去にエベレスト登頂を6回果たしている国際山岳ガイドの近藤謙司氏は、栗城さんに対してツイッターで《勉強もしないのにお金もらって東大を受け続けるようなもんだ…》と苦言を呈したこともあります」(山岳雑誌ライター) 15名しか成功していない挑戦の途中 栗城さんはエベレストの南西壁単独無酸素登頂を目指していたが、過去に成功したことがあるのはたったの15名。 そのうち日本人は6名のみで、成功すれば世界的な偉業となるが、栗城さんの登頂歴からも、それがかなり難しいことは以前から指摘されていた。 登山家の大蔵喜福氏はニュースサイト『AbemaTIMES』のインタビューに対して「他人に何を言われようと、その部分がブレない。 そこに彼の人間性と価値がある。 だから僕は、何度失敗してもいいと思っていますよ」と、栗城さんへの一定の理解を示していたが、もはや次回チャレンジする機会は永遠に失われてしまった。 栗城さんの所属する事務所はで、遺体の発見された様子を報告している。

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滑落死から半年 栗城史多さん「エベレスト死」の真相(藤岡利充)

エベレスト 遺体 栗城

今回で8度目の挑戦となったエベレスト登頂において栗城さんは最難関とされる南西壁ルートを選択した上で単独無酸素という極めて困難な条件のもと歩を進めていた。 この南西壁ルートとはエベレスト登頂を果たすための複数の登山道の中で極めて困難なルートだ。 ネパール側からの南東稜ルートと中国・チベット自治区側からの北陵ルートは難易度が比較的低く、ここから多くの人がエベレスト登頂を成功させている。 しかし南西壁ルートは文字通り、南西に存在する壁を登る非常に危険なルート。 1975年に英国のダグ・スコットがエベレストの南西壁初登頂に成功したが、単独ではなかった。 このルートで単独無酸素の登頂を成功させた者はこれまで1人もいないとされている。 関連記事• 日大アメフト部の選手が、関学の選手に悪質タックルを仕掛けた問題がヒートアップしている。 一歩間違えれば大ケガにつながってしまうかもしれない行為を、なぜ選手は行ったのか。 その背景には、監督に独裁者としての顔があって……。 渋谷駅から徒歩5分ほどのところに、ちょっと変わったカプセルホテルが誕生した。 その名は「The Millennials Shibuya」。 カプセルホテルといえば安全性などを理由に、男女別フロアを設けるところが多いが、ここは違う。 あえて「男女混合フロア」を取り入れているのだ。 その狙いは……。 全日本卓球選手権の男子シングルス決勝で、14歳の張本智和が王者・水谷隼を破って優勝した。 なぜ新王者がいまひとつ支持されないかというと……。 ラーメン店「一蘭」といえば、食事をするスペースが仕切られている味集中カウンターが有名である。 珍しい光景なので、外国人観光客も写真を撮影しているのでは? と思っていたら、店員さんに「オーダー用紙を持ち帰りたい」という声が多いとか。 なぜ、そんな行動をしているのかというと……。 元広島東洋カープの衣笠祥雄氏が死去した。 71歳だった。 2215試合連続出場記録の金字塔を打ち立てた名選手だったのに、なぜカープの監督になることができなかったのか。 複雑な人間模様と舞台裏のドラマが激しく交錯していて……。

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エベレストの氷が解けたら登山家たちの遺体が続々と出てきた…恐ろしい現実だと話題に…

エベレスト 遺体 栗城

登山家・栗城史多氏がエベレスト下山中に遭難。 低体温症で亡くなったというニュースが飛び込んできました。 この方の事は、 「エベレストでスマホいじるために穴開き手袋をしていたせいで指9本凍傷で失った人」というくらいの認識しかありませんでした。 今回はエベレスト8度目の挑戦ということで、これが最期の挑戦になってしまいました。 一体、彼を遭難死に陥らせた原因は何だったのでしょうか。 登山家・栗城史多ってどんな人? 世界7大陸最高峰の無酸素単独登頂をめざして活動し、注目され始めたのは、2009年ごろ。 6大陸の最高峰に登り、残るエベレストに挑戦を始めたころだ。 このころから、彼を取り上げたテレビ番組が数多く放送され、著書はベストセラーになり、現役の登山家としては圧倒的な知名度を獲得していった。 一方で、その登山の内容や発言には疑わしいものが目立つとして、激しいバッシングも受けていた つまり、ネットでは有名な 「炎上」登山家という位置づけの方。 栗城史多氏を襲った悲劇 ネパールの山岳協会によりますと、栗城史多さん(35)はエベレストの標高7400メートルのキャンプ付近で倒れているのが21日朝になって見つかり、その後、死亡が確認されたということです。 また、ネパールの日本大使館にも山岳関係者から、栗城さんがエベレストの登山中、キャンプで死亡したという連絡が21日朝にあったということで、遺体が首都カトマンズに搬送され次第、大使館員が確認することにしています。 栗城さんの公式ブログには、21日午前の段階で「体調が悪く、7400メートル地点から下山することになりました」という報告が記されていて、その後、「下山を始めた栗城が無線連絡に全く反応しなくなり、撮影隊が栗城のルートを登って捜索し、先ほど低体温で息絶えた栗城を発見いたしました」という、栗城さんの事務所のコメントが掲載されました。 「7400m地点で下山」という情報が流れてきた時、彼のアンチは「またwwww」「下山家wwwwww」などというコメントをしていました。 しかし、亡くなった情報が入ると、「まじか…」「これで終わりとは悲しい…」などと、いつになくしんみりしてしまったそう。 栗城史多氏が遭難してしまった原因 そもそも指が9本無い このように、エベレスト登頂中に凍傷で 指を9本失うこととなります。 指がなければ、ピッケル等も持ちにくく、今までと同じような登山ができなくなってしまうことは明白でしょう。 今回のエベレストも 「AbemaTV」にて中継。 しかし、ただでさえ荷物は必要最小限にしなければならないにもかかわらず、インターネット中継の機材まで運ぶというのは、やはり無謀なことだったのでしょう。 加えて、一瞬の気の緩みが死に繋がる状況下、インターネット中継にまで頭を回していれば、 集中力も散漫、 疲弊も倍になってしまう。 今回の遭難死も、その 登頂+ネット中継というマルチタスクによる疲弊の増大も大きかったのではないでしょうか。 ただ彼にとって、 「冒険の共有」は登頂成功する以上の比重があったのかもしれません。 それならば、彼のやっていたことに関して、誰も文句をつけることはできません。 私も彼に『それはむちゃだ』と進言したことは何度もあります」と話す。 これが一番の原因なのでしょう。 「神々の山嶺」でも主人公の深町が、 「エベレスト南西壁に比べたら、南東稜のノーマルルートなんてハイキングのようなもの」 と言っています。 ところが、栗城氏は今まで南東稜のノーマルルートでさえ登頂できず。 それにもかかわらず、今回は 南西壁単独無酸素に挑戦。 これに関しては、完全なる自殺行為としか言いようがありません。 羽生丈二が現実にいたら殴られているでしょう。 「南東稜は成功したから次は南西壁だ!」 という形にはならなかったのでしょうか。 でも、 「常に登山界で話題の中心でなくてはならない!」といった焦りもあり、今回の無謀な挑戦に至ったのではないでしょうか。 チャレンジは大事だ。 しかし、 無謀すぎるチャレンジは、命を落とすことすらある。 皮肉なことに、それを身を持って伝えてしまったのです。 登山家は死んだらゴミ? 神々の山嶺にて、天才登山家の羽生丈二という男が、 「山屋は山に登るから山屋なんだ。 死んだらゴミだ。 」 という衝撃的な言葉を吐いています。 栗城氏は、元気に生きていたからこそ、チャレンジする勇気などを伝えることができたのです。 しかし、本人の死でその全ての言葉がほぼ無になってしまった。 ある意味ではゴミになってしまったのかもしれません。 しかし、それは登山家や栗城氏だけではありません。 全ての人間は、死んだら ゴミになってしまうのです。 だから、ゴミにならない為に、我々は生きていく必要があるのではないでしょうか。 (追記)死因は「滑落による全身強打」だった模様 小林氏は「栗城の遺体を発見したという第一報の時に、日本と撮影隊との緊急連絡で行き違いがあり『低体温で息絶えた』とお伝えしておりましたが、実際には栗城は標高7400メートルのキャンプ3から下山中に滑落し、頭や全身を強く打ったことが原因で、帰らぬ人となりました。 混乱の中とはいえ、誤った情報をお伝えしてしまいましたことを心よりお詫び申し上げます」と報告。 「20日にエベレストの南西壁を標高7400メートルのキャンプ3まで登った栗城は、テントを張れる場所を探して標高を少し下げてテント場を確保、しばらく経ってから体調不良のために下山しますと無線で撮影隊に伝え、下山を開始。 その後、無線連絡が途絶えてしまい、時間が経っても下りてこないことから撮影隊が捜索のため上部に上がったところ、標高6600メートル付近で息絶えた栗城を発見いたしました。 どちらにせよ、上述した原因が大きかったと思われます。 人から笑われてもチャレンジする姿勢は素晴らしかったかもしれませんが、人が笑えない結果になってしまっては本末転倒です。 ただ、我々は栗城氏のことを何もわかっちゃいない外野の人間。 もしかしたら、無謀な挑戦を続けた彼にしか分からない理由があったのかもしれません。 もう知る由もありませんが。。。

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