王 は 愛する 評価。 王は愛する 19話・20話(最終回) あらすじと感想

王は愛する 1話・2話 あらすじと感想

王 は 愛する 評価

中国ドラマにハマる前はひたすら韓国ドラマを見ていました。 かれこれ15年近く前、で放送していた「の誓い」をきっかけにテレビ放送されているドラマを見たりでDVDを借りてきたり。 韓国語が分かるようになってからはネットでリアルタイムで見たりするようになっていました。 その中でも群を抜いてハマったのが「王は愛する」。 にも関わらず私はこのドラマにかなり熱狂し、夢中になったのです。 毎週月曜日と火曜日の放送をリアルタイムで見守ることはもちろん、土日には過去放送分のおさらいをして、ドラマ原作本を韓国から輸入し、韓国のドラマファンサイトにも入会して日々ドラマの展開や演出意図について同志と語り合うというガチ勢っぷりを発揮したのです。 ドラマにハマって原作本を買うということは過去にもあったのですが、さすがにファンサイトに入会したのは初めてでした。 そんな「王は愛する」が、本日からようやく本格的に日本上陸してきました。 DVD-BOX1の発売と同時にレンタルスタート。 そしてU-NEXTでも1話無料&10話までの配信がスタートしました!! 上・中・下の3巻構成で今月末には中が発売予定です。 私はもちろん予約済みです。 ドラマを見てハマった人はぜひこの原作本も手に取っていただきたい。 ストーリーの大筋は同じでも、細かい設定や出会い方が違っていたりするのです。 ということでここでドラマのあらすじをザックリと。 ワン・ウォン(イム・シワン)は高麗王の父とモンゴル(元)皇女の母との間に生まれた混血の王子であり、その出自のために廷臣たちや実父から疎まれ、実母からは過剰な期待をかけられて息苦しい毎日を送っている。 そんなウォンが唯一心を許し、志を等しく行動するのが12歳の頃からの友である ワン・リン(ホン・ジョンヒョン)。 リンもまたウォンをかけがえのない存在として一生をかけて尽くしていくと心に誓っていた。 2人が学者イ・スンヒュの元を訪れると、そこには1人の美しい少女 ソファ(ユナ)がいた。 彼女の本当の名は ウン・サン。 高麗一の豪商ウン・ヨンベクの娘で7年前にウォンとリンが出会っていた少女だった。 3人は一気に打ち解け、固い友情の絆で結ばれる。 しかし次第に3人の間にはそれぞれ異なる感情が芽生え、それはやがて国家をも揺るがすすれ違いへとつながっていく… というようなお話。 いわゆるコテコテの三角関係なお話で、そこに高麗の政権闘争が絡んで来たり周囲の人物のも描かれていたりと、割とド定番を行く恋愛ドラマかと思います。 このドラマで問題となったのは、ヒロインであるサンがウォンとリンという魅力的な2人の男性の間を迷い続けている優柔不断キャターとして描かれていたためです。 三角関係のドラマって、普通は折り返し地点にたどり着くころには2人の想いが通じあったり気持ちを自覚してくっつくくっつかないのやり取りになるじゃないですか。 でも、サンの気持ちは最後の2,3話まで分からないのです。 だからめちゃくちゃモヤモヤした状態でドラマを見る羽目になるのです。 ……というのが一般的なこのドラマの評価ですが。 皆が気付いてない(考えていない)だけです、私はそのシーン見た時から確信してました。 「サンの気持ちが読めずもどかしいということをファンの方からよく言われたが、私自身ももどかしかった」 的なことも後々話していました。 でも、そのおかげで視聴者としてはもどかしくも納得のいくストーリーになっていたと思うのです。 サンがなぜこの人に惹かれたのかが分かりやすいですし、少しずつ距離が縮まっていく様がとても綺麗なのです。 100%事前制作のドラマということで、映像の隅々までが非常に緻密に練り上げられています。 映像が美しいというだけでなく、あちこちに伏線が張り巡らされていたりするので何度見ても新たな発見があるのです。 韓国放映当時はファンが作った伏線回収動画がいくつかあったのですが、今では探せなくなっています。 まだ残っているかな… 惜しいのは、中国版では放送されているのに韓国版ではカットされた場面に核心をつくシーンが複数あるというところで、日本にやってきているのは韓国版だということ。 そうそう、このドラマはユナの大陸人気のおかげか?中国でも愛奇芸(iQiYi)と提携して同時放送を行っていたのです。 内容は殆ど同じなのですが、一部シーンが中国版にのみ存在していたりBGMが違っていたりするところがあったのです。 両方視聴した感想としては、とあるワンシーンを除いては中国版の方が良いです。 セリフも美しい。 主人公3人の独白が多く出てくるのですが、そのどれもが印象的。 そして(挿入歌)も良い。 歌詞が絶妙に場面やキャラの心情にリンクしていて、とにかく耳に残って頭に残ります。 そうそう、このドラマは主人公が3人なのです。 取り上げられ方は韓国でも日本でもウォンを演じるイム・シワンが主人公、サン役のユナ(少女時代)がヒロイン、そしてリン役のホン・ジョンヒョンが2番手…というイメージなのですが、実際にはウォンを中心にしつつもウォン・サン・リン3人が主役です。 そしてタイトルの「王は愛する」についてもそう。 これ、原題ママなのですが、日本上陸の際に変な邦題が付けられちゃったらどうしよう…とひそかにビビッていたのでw 原題ママのタイトルになったことに安心しました。 というのも、「王は愛する」の「王」とは、王子であるウォンのみを示していたわけではないからです。 これは私の推測ではあるのですが… 実は原作では、サンの名字が違うのです。 ウォンとリンは原作でもドラマでもワン(王)氏の高麗王族です。 そこに加えてサンも原作ではウン・サンではなくワン・サン、つまり王族の娘として描かれているのです。 つまり「王は愛する」の「王」とは、ウォンであり、リンであり、またサンでもあるのです。 それに加えて、「愛する」のは恋愛感情だけではなく、家族愛、友愛といったものも含まれていると思いました。 これはウォンとサン、リンとサンの恋愛だけでなく、ウォンとリンの友情も大きなテーマであるからです。 ドラマでは、ウォン(イム・シワン)の「これはお前を、自分以上に愛してしまった私の話だ」という印象的な独白があります。 最初はこれはサンのことを言っているんだと思っていたのですが、最後まで見ていくにつれてリンのことも同じく示している言葉なのではないか?と思うようになりました。 これは、自分自身のこと以上に誰かを大切に思い行動した人たちの話。 そう思うととてもしっくりくるストーリーです。 原作とドラマではずいぶんとストーリーの流れや結末が異なる部分があり、ドラマは原作の大枠だけを抽出して作られたといってもいいほどなのですが、原作に描かれている「自分よりも誰かを愛する」というポイントに絞って描き出しているところが本当に素晴らしいと思います。 ぜひ一度ドラマを見て頂きたい。 できれば何度も見てその時々の表情に込められた意味やセリフの意味をじっくり考えて深読みして頂きたい。 字幕翻訳がどのくらい意訳になっているのかが不安だけど、言葉の美しい響きを感じて頂きたい。 回を重ねるごとに無邪気な少年から大人びた君主になっていくウォン、闊達な少女から淑女になっていくサン、無愛想な若者から思慮深い貴公子になっていくリンの三様の美しさを堪能して頂きたい。 そして原作も読んでいただきたい!!! …という私の迸らんばかりの熱をただただぶつけるための記事となりました。 この後はまた中国ドラマに戻ります。 金曜日が遠い….

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王は愛するの完全ガイド

王 は 愛する 評価

日本では鎌倉時代の人になります。 おいたち 1275年。 忠烈王の長男として生まれます。 王謜(ワン・ウォン)と名付けられました。 後に王璋(ワン・ヴァン)と改名します。 母は元の皇帝クビライの娘・。 翌年、元に移されました。 モンゴル語でイジリブカ(益知礼普花)という名前が付けられました。 「幼い牛」という意味です。 幼い頃は元の宮廷で暮らしました。 高麗の王族は元で人質として暮らす決まりになっていたからです。 1288年ごろ。 趙仁規(チョン・インギュ)の娘(趙妃)を妃に迎えました。 1291年。 世子になりました。 1292年。 元の皇族・甘麻刺(カマラ)の娘・宝塔実憐(ブッダシュリ)と結婚しました。 これより前にはすでに高麗王族・ 洪奎(ホン・ギュ)の娘(順和院妃洪氏)も妃にむかえていました。 王瑛(ワン・ヨン)の娘(静妃王氏)は貢女にされそうになっていました。 そこで母・荘穆王后(元成公主)に訴えて妃にして貢女になるのを防ぎました。 1297年。 母・元成公主が病気で死亡。 元から高麗に帰国しました。 王璋は「母はモンゴル出身なので高麗王宮で嫌がらせを受けていたから死んだ」と信じました。 そこで、忠烈王が寵愛していたを処刑。 無比とつながりのある重臣達も死罪にしたり、投獄・流刑にしました。 彼らが無比に近づき横暴な振る舞いをしていると考えたからです。 忠烈王は王妃の死とそのあとに続く粛清で心を痛め元に譲位をしたいと願いました。 元は忠烈王の譲位を認めました。 高麗王に即位後、1年で挫折 1298年。 王璋が即位、忠宣王になりました。 24歳と若い王は国内の古い悪弊を正して新しい政治を行おうとしました。 しかし権門勢家(古くから力を持つ特権階級)の反対にあいます。 権門勢家の誹謗中傷をうけました。 さらに、元出身の王妃・宝塔実憐(ブッダシュリ)と、高麗出身の趙妃が争い始めます。 臣下たちも派閥に別れて争ったため、忠宣王は譲位に追い込まれます。 忠宣王は1年足らずで王の座を退いてしまいました。 忠宣王は世子に格下げになりました。 元に戻ってもトラブル続き 世子になった忠宣王(王謜改め王璋)は元に戻りました。 しかし元に戻っても正室と側室の争いは治まりませんでした。 その後、王璋は正室の宝塔実憐(ブッダシュリ)らとともに元の都・大都で暮らしました。 さらに高麗では忠烈王を中心に王璋を世子から外して王族のを世子にしようという動きが起こります。 そのころ王琠(ワン・ジョン)は元で人質生活を送っていました。 王琠(ワン・ジョン)や彼を支持するたちは高麗と元の療法で王璋を世子から引きずり降ろそうとしました。 彼らは元の要人と親しくなり、王琠を世子にする同意を取り付けようとします。 王璋は後に元の皇帝になる海山(カイシャン、武宗)、愛育黎抜力八達(アユルバルワダ、仁宗)と親しくしました。 元の有力者を味方にした王璋は世子の地位を守りました。 1307年。 元の皇帝・成宗が死去。 カイシャン(武宗)が即位しました。 王璋は武宗の即位を支持しました。 武宗と親密になった王璋は瀋陽王の位を与えられます。 瀋陽王は高麗王に与えられる称号。 事実上の高麗王復帰です。 王琠(ワン・ジョン)や彼を支持していた宋邦英(ソン・バンヨン)たちは元で処刑されました。 このへんの王位争いが「王は愛する」の元ネタになってます。 時期や部隊が違います。 二度目の即位では高麗を遠隔操作 1308年。 忠烈王が死去。 忠宣王が再び即位しました。 親しかった武宗の後押しがあったようです。 王になった忠宣王は本来なら高麗に戻って政治をしなければいけないところです。 ところが忠烈王はほとんど高麗には戻らず大都で暮らしました。 古い貴族の抵抗にうんざりしてたのでしょう。 しかし高麗を新しくしたいという思いはありました。 そこで忠宣王は大都にいて高麗の家臣たちに指示を出していました。 在位期間中、高麗のいくつかの制度を改革しました。 高麗では国王の帰国をもとめる運動も起こりましたが拒否しました。 幼い頃から元で育ち、元の皇室も忠宣王を優遇したので高麗よりも元に愛着をもっていたようです。 忠宣王は高麗で暮らすことは嫌がりましたが、高麗の文化まで嫌になったのではありません。 高麗から学者を呼んだり書物を取り寄せたりしていました。 元にいながら高麗の文化を楽しんでいたのです。 心の中では高麗を懐かしむ気持ちがあったのでしょう。 すると高麗では世子の廣陵君 王鑑を王にしようという動きがありました。 そこで世子を粛清しました。 かわりに次男の王燾を世子(後の忠粛王)にしました。 また、忠宣王は人事評価制度を改めました。 家柄・身分よりも実力を評価する、宦官、武臣の地位を向上させようとしたのです。 実力中心の人事制度は遊牧民によくみられる傾向です。 忠宣王はモンゴルの影響を受けているようです。 さらに、塩の専売制度を取り入れました。 ところが制度改革で権益を失った者たちが反発しました。 特権に守られていた権門勢家の反発は大きかったのです。 表向きは「モンゴル人の母を持つから」といって非難されることはあっても、権門勢家が反発する本当の理由は特権を奪われるのが嫌だったからです。 洪重慶など洪一族が訴えを起こします。 元出身の宦官・方忙古台(バンマンゴテ)の反対で洪一族の訴えは挫折します。 結局、忠宣王の改革はさまざまな人々の反発を受けて挫折します。 二度目の挫折 1313年。 忠宣王は高麗の重臣たちによって強制的に退位させられました。 息子のが高麗王に即位。 瀋陽王の地位はが引き継ぎました。 ところが、もともと高麗王が受けるはずだった瀋陽王の地位を分けたために、双方が正当性を主張。 以後、忠粛王と延安君 王暠の争いの原因になります。 1320年。 元の皇帝アユルバルワダ(仁宗)が死去。 アユルバルワダの長男・シデバラ(英宗)が即位しました。 すると高麗出身の宦官・伯顏禿古思が訴えを起こします。 その結果、忠宣王は吐蕃(チベット)に流されました。 モンゴル帝国内では帝位を巡って派閥争いがありました。 モンゴル皇帝が変わると援助をうけていた高麗の人々の運命も変わる。 といったことがよく起こります。 1323年。 泰定帝が即位。 赦免されて大都に戻ります。 1325年。 元の首都・大都で死亡。 享年51。 ドラマ 王は愛する 2017、MBC 演:イム・シワン 荘穆王后(元成公主)の死と無比、彼女と親しい重臣の処刑。 忠烈王の退位。 王瑛(ワン・ヨン)の娘(静妃王氏)が貢女にされそうになるのを妃にして貢女にされるのを防いだ。 世子時代の忠宣王と王琠(ワン・ジョン)の世子争い。 これらの出来事は事実です。 でも忠宣王と王琠が王位を争ったのは元で生活しているとき。 元にいるときはふたりともモンゴル人と同じ髪型・服装をしていました。 無比の処刑と王琠の争いは時期がずれています。 史実はドラマのイメージとはかなり違います。 ちなみに王琠(ワン・ジョン)には弟はいません。 ワン・リンは架空の人物です。

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王は愛する

王 は 愛する 評価

中国ドラマにハマる前はひたすら韓国ドラマを見ていました。 かれこれ15年近く前、で放送していた「の誓い」をきっかけにテレビ放送されているドラマを見たりでDVDを借りてきたり。 韓国語が分かるようになってからはネットでリアルタイムで見たりするようになっていました。 その中でも群を抜いてハマったのが「王は愛する」。 にも関わらず私はこのドラマにかなり熱狂し、夢中になったのです。 毎週月曜日と火曜日の放送をリアルタイムで見守ることはもちろん、土日には過去放送分のおさらいをして、ドラマ原作本を韓国から輸入し、韓国のドラマファンサイトにも入会して日々ドラマの展開や演出意図について同志と語り合うというガチ勢っぷりを発揮したのです。 ドラマにハマって原作本を買うということは過去にもあったのですが、さすがにファンサイトに入会したのは初めてでした。 そんな「王は愛する」が、本日からようやく本格的に日本上陸してきました。 DVD-BOX1の発売と同時にレンタルスタート。 そしてU-NEXTでも1話無料&10話までの配信がスタートしました!! 上・中・下の3巻構成で今月末には中が発売予定です。 私はもちろん予約済みです。 ドラマを見てハマった人はぜひこの原作本も手に取っていただきたい。 ストーリーの大筋は同じでも、細かい設定や出会い方が違っていたりするのです。 ということでここでドラマのあらすじをザックリと。 ワン・ウォン(イム・シワン)は高麗王の父とモンゴル(元)皇女の母との間に生まれた混血の王子であり、その出自のために廷臣たちや実父から疎まれ、実母からは過剰な期待をかけられて息苦しい毎日を送っている。 そんなウォンが唯一心を許し、志を等しく行動するのが12歳の頃からの友である ワン・リン(ホン・ジョンヒョン)。 リンもまたウォンをかけがえのない存在として一生をかけて尽くしていくと心に誓っていた。 2人が学者イ・スンヒュの元を訪れると、そこには1人の美しい少女 ソファ(ユナ)がいた。 彼女の本当の名は ウン・サン。 高麗一の豪商ウン・ヨンベクの娘で7年前にウォンとリンが出会っていた少女だった。 3人は一気に打ち解け、固い友情の絆で結ばれる。 しかし次第に3人の間にはそれぞれ異なる感情が芽生え、それはやがて国家をも揺るがすすれ違いへとつながっていく… というようなお話。 いわゆるコテコテの三角関係なお話で、そこに高麗の政権闘争が絡んで来たり周囲の人物のも描かれていたりと、割とド定番を行く恋愛ドラマかと思います。 このドラマで問題となったのは、ヒロインであるサンがウォンとリンという魅力的な2人の男性の間を迷い続けている優柔不断キャターとして描かれていたためです。 三角関係のドラマって、普通は折り返し地点にたどり着くころには2人の想いが通じあったり気持ちを自覚してくっつくくっつかないのやり取りになるじゃないですか。 でも、サンの気持ちは最後の2,3話まで分からないのです。 だからめちゃくちゃモヤモヤした状態でドラマを見る羽目になるのです。 ……というのが一般的なこのドラマの評価ですが。 皆が気付いてない(考えていない)だけです、私はそのシーン見た時から確信してました。 「サンの気持ちが読めずもどかしいということをファンの方からよく言われたが、私自身ももどかしかった」 的なことも後々話していました。 でも、そのおかげで視聴者としてはもどかしくも納得のいくストーリーになっていたと思うのです。 サンがなぜこの人に惹かれたのかが分かりやすいですし、少しずつ距離が縮まっていく様がとても綺麗なのです。 100%事前制作のドラマということで、映像の隅々までが非常に緻密に練り上げられています。 映像が美しいというだけでなく、あちこちに伏線が張り巡らされていたりするので何度見ても新たな発見があるのです。 韓国放映当時はファンが作った伏線回収動画がいくつかあったのですが、今では探せなくなっています。 まだ残っているかな… 惜しいのは、中国版では放送されているのに韓国版ではカットされた場面に核心をつくシーンが複数あるというところで、日本にやってきているのは韓国版だということ。 そうそう、このドラマはユナの大陸人気のおかげか?中国でも愛奇芸(iQiYi)と提携して同時放送を行っていたのです。 内容は殆ど同じなのですが、一部シーンが中国版にのみ存在していたりBGMが違っていたりするところがあったのです。 両方視聴した感想としては、とあるワンシーンを除いては中国版の方が良いです。 セリフも美しい。 主人公3人の独白が多く出てくるのですが、そのどれもが印象的。 そして(挿入歌)も良い。 歌詞が絶妙に場面やキャラの心情にリンクしていて、とにかく耳に残って頭に残ります。 そうそう、このドラマは主人公が3人なのです。 取り上げられ方は韓国でも日本でもウォンを演じるイム・シワンが主人公、サン役のユナ(少女時代)がヒロイン、そしてリン役のホン・ジョンヒョンが2番手…というイメージなのですが、実際にはウォンを中心にしつつもウォン・サン・リン3人が主役です。 そしてタイトルの「王は愛する」についてもそう。 これ、原題ママなのですが、日本上陸の際に変な邦題が付けられちゃったらどうしよう…とひそかにビビッていたのでw 原題ママのタイトルになったことに安心しました。 というのも、「王は愛する」の「王」とは、王子であるウォンのみを示していたわけではないからです。 これは私の推測ではあるのですが… 実は原作では、サンの名字が違うのです。 ウォンとリンは原作でもドラマでもワン(王)氏の高麗王族です。 そこに加えてサンも原作ではウン・サンではなくワン・サン、つまり王族の娘として描かれているのです。 つまり「王は愛する」の「王」とは、ウォンであり、リンであり、またサンでもあるのです。 それに加えて、「愛する」のは恋愛感情だけではなく、家族愛、友愛といったものも含まれていると思いました。 これはウォンとサン、リンとサンの恋愛だけでなく、ウォンとリンの友情も大きなテーマであるからです。 ドラマでは、ウォン(イム・シワン)の「これはお前を、自分以上に愛してしまった私の話だ」という印象的な独白があります。 最初はこれはサンのことを言っているんだと思っていたのですが、最後まで見ていくにつれてリンのことも同じく示している言葉なのではないか?と思うようになりました。 これは、自分自身のこと以上に誰かを大切に思い行動した人たちの話。 そう思うととてもしっくりくるストーリーです。 原作とドラマではずいぶんとストーリーの流れや結末が異なる部分があり、ドラマは原作の大枠だけを抽出して作られたといってもいいほどなのですが、原作に描かれている「自分よりも誰かを愛する」というポイントに絞って描き出しているところが本当に素晴らしいと思います。 ぜひ一度ドラマを見て頂きたい。 できれば何度も見てその時々の表情に込められた意味やセリフの意味をじっくり考えて深読みして頂きたい。 字幕翻訳がどのくらい意訳になっているのかが不安だけど、言葉の美しい響きを感じて頂きたい。 回を重ねるごとに無邪気な少年から大人びた君主になっていくウォン、闊達な少女から淑女になっていくサン、無愛想な若者から思慮深い貴公子になっていくリンの三様の美しさを堪能して頂きたい。 そして原作も読んでいただきたい!!! …という私の迸らんばかりの熱をただただぶつけるための記事となりました。 この後はまた中国ドラマに戻ります。 金曜日が遠い….

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