音羽 山。 音羽三山(音羽山・経ヶ塚山・熊ヶ岳)に登山!日帰りプチ縦走!

音羽山

音羽 山

音羽山観音寺は標高およそ800mの音羽山(万葉集にも詠まれている倉橋山)の山中にあり、「音羽の観音さん」として地域の人々に慕われ守られてきました。 観音寺へは、坂道をひたすら歩き続けます。 入口付近に案内看板と優しい気持ちが伝わる参拝者用の杖が置かれています。 遠慮なくお借りして、周辺の草花な木々を見て、爽やかな空気を吸いながら観音寺を目指し山道を登り続けます。 途中には何か所も手作りのベンチや、優しいメッセージが書かれた看板などあり気持ちもなごみます。 適当に休みながら約40分前後歩くと木立の中に1200年の歴史を持つ観音寺が見えてきます。 日頃忘れていた何かを思い起こさせていただいたような気持ちになれる大和の古寺です。 観音寺は、寺伝によれば、藤原鎌足公を、談山妙楽寺(現在の談山神社)に祀った際、鬼門除けの寺として丑寅の方角音羽の地に一寺を建て、鎌足公自作の梅の木の観音像を祀ったのが始めと伝えられています。 奈良時代の観音信仰が篤かった頃は、霊場として賑わい、壮大な堂宇がこの山中に軒を連ね、その有様は音羽百坊と称されました。 「多武峰(とうのみね)略記」には、天平寛宝元年(749年)に、心融法師が当山を創建したとの記述がありまが、京都清水寺の開祖延鎮僧都が霊感を得て堂宇を建立したのが始まりとの記録もあります。 ご本尊の体内にも「比の本尊は山城の国清水寺の観音と一体分身の千手観音也」と墨書きがあります。 清和天皇の貞観18年(876年)「音羽流れ」と記録に残る豪雨と山津波で堂宇が崩壊し残った一寺であると伝えられています。 寺名も香法寺・善法寺と変わりながらも、眼病平癒に霊験があり、「音羽の観音さん」と親しまれ、訪れる信者で賑わい、多くの信者の力で維持されて現在にいたります。

次の

音羽三山

音羽 山

途中、トイレのある西山路傍休憩地があり、そこから何度か橋を渡りながら谷を登りつめ府県境稜線に合流します。 稜線に合流してからはアップダウンを繰り返しながら北上し、音羽山の山頂へ!下山は同じルートを戻ります。 マイカーの場合• 京滋バイパス「石山IC」からR782経由で約10分!• 最寄り駅は京阪石山坂本線「石山寺駅」• Google Mapの場合はそちらにナビをセットするとわかりやすいです! 音羽山に登山 国分登山口から音羽山へ! 〈7:43〉それでは国分の駐車スペースから登山スタート! 駐車スペースのすぐ目の前にあるこちらが登山口です。 この時間帯はすごくいいお天気ですが、麓の天気予報ではこの時間帯以降、少しずつ雲が広がる微妙なお天気でした。 翌日から関西地方は雨になるようなので、ゆっくりと曇りになる下り坂のお天気です。 この日を逃すと当分雨が続くようなので急遽、昼頃に下山できる音羽山を訪れました。 登山口から少し進んだ所で道が分岐します。 ここは右へ。 道標がしっかり設置されています。 笹が生い茂って分かりにくいですが、ため池の間の道を進みます。 ため池。 池の向こう側にみえる山並みが府県境の稜線だと思います。 案内板に従って沢沿いに進みます。 この崩れた手すりみたいなものは橋の残骸です。 このルート内には1~7までの小さな橋があります。 登っていると林道に突き当たりました!コースは右へ折れます。 交差点にはしっかり道案内がありました!このコースは東海自然歩道の一部のようですね!東海自然歩道は音羽山から逢坂山方面へ続いていきます。 ここからしばらく林道を登っていきます。 もう1月後半だけど、今年の冬はどうなってるんだろう…。 しばらくは林道を進みます。 第四橋は林道の内のコンクリ橋でした。 林道を突き当たりまで進むとここからようやく登山道らしくなってきます! 突き当りにはちょっとした滝がありました。 その滝の上部を跨ぐように第5橋。 ん?この橋は番号ないのか? その少し先にも橋があります。 あれ?こっちが第七橋?じゃあさっきの番号がない橋が第六橋なのかな? ちょっとした渡渉箇所。 ひょいと跨いで通過。 見どころかな~と地図で確認してみると、麓の地名でした。 このルートはブログ主の登山地図では登山コースに指定されていないルートのようでした。 コース全体を通してもこの登りが一番体力的に辛いポイントでした。 途中から樹林帯を抜けて自然林に風景が変わります。 音羽山へは右(北)に稜線を伝って進みます。 稜線に合流してしばらくは登り。 登りながら振り返れば千頭岳が見渡せます。 そのパノラマ台まではしばらく小さなピークのアップダウンを繰り返しながら進んでいきます。 一旦下って、 登り返し! アップダウンの途中から音羽山方面。 紅白の鉄塔が見えます。 このコースはあの鉄塔の下を通過して進みます。 そのさらに奥に見えるピークが音羽山の山頂です。 この合流するルートが牛尾観音を通る追分駅からのルートになります。 ここから山頂へのラストスパート! そのすぐ先でも別ルートが合流してきました。 ブログ主はメインの3ルートしか知りませんでしたが、府県境稜線を歩き始めてから他のルートも多く合流してきます。 登山道の状態がわからないけど結構ルートが豊富なのかな? 先程見えていた紅白の鉄塔の横を通過します。 山頂に近づくと生えている植物の種類も変わって松などの木々が増えてきました。 鉄塔から5分ほど緩やかなコースを歩くと、山頂手前で逢坂山方面へのコースが合流。 天気が良ければ逢坂山まで縦走して電車を利用するプランがよかったのですが、午後から曇りで小雨もあるみたいな予報だったから今回はピストン。 到着した時間帯は、まだ雲がうっすらで青空が見られましたが、太陽は雲に遮られていて、あまり晴れ間はでませんでした。 その後、休憩している間に雲がゆっくり広がってきました。 鉄塔の横を通過。 下山しているとたくさんの人が登ってこられました。 麓に駅が多くて、道幅も広いコースなので走りやすい山なのかもですね! 府県境稜線から離れ、谷を下り、 下山前に西山路傍休憩地でおトイレをお借りして、 池の間を戻り、 〈10:44〉登山口に帰ってきました! コースタイムがジャスト3時間!これだとかなり時間に余裕があったので、やっぱり逢坂山方面へ縦走してもよかったかも。

次の

音羽三山

音羽 山

音羽山観音寺は標高およそ800mの音羽山(万葉集にも詠まれている倉橋山)の山中にあり、「音羽の観音さん」として地域の人々に慕われ守られてきました。 観音寺へは、坂道をひたすら歩き続けます。 入口付近に案内看板と優しい気持ちが伝わる参拝者用の杖が置かれています。 遠慮なくお借りして、周辺の草花な木々を見て、爽やかな空気を吸いながら観音寺を目指し山道を登り続けます。 途中には何か所も手作りのベンチや、優しいメッセージが書かれた看板などあり気持ちもなごみます。 適当に休みながら約40分前後歩くと木立の中に1200年の歴史を持つ観音寺が見えてきます。 日頃忘れていた何かを思い起こさせていただいたような気持ちになれる大和の古寺です。 観音寺は、寺伝によれば、藤原鎌足公を、談山妙楽寺(現在の談山神社)に祀った際、鬼門除けの寺として丑寅の方角音羽の地に一寺を建て、鎌足公自作の梅の木の観音像を祀ったのが始めと伝えられています。 奈良時代の観音信仰が篤かった頃は、霊場として賑わい、壮大な堂宇がこの山中に軒を連ね、その有様は音羽百坊と称されました。 「多武峰(とうのみね)略記」には、天平寛宝元年(749年)に、心融法師が当山を創建したとの記述がありまが、京都清水寺の開祖延鎮僧都が霊感を得て堂宇を建立したのが始まりとの記録もあります。 ご本尊の体内にも「比の本尊は山城の国清水寺の観音と一体分身の千手観音也」と墨書きがあります。 清和天皇の貞観18年(876年)「音羽流れ」と記録に残る豪雨と山津波で堂宇が崩壊し残った一寺であると伝えられています。 寺名も香法寺・善法寺と変わりながらも、眼病平癒に霊験があり、「音羽の観音さん」と親しまれ、訪れる信者で賑わい、多くの信者の力で維持されて現在にいたります。

次の