ショパン 9番。 ショパン ワルツ第9番変イ長調作品69

ショパン ワルツ第9番 Op.69

ショパン 9番

9-2aを再録した。 先日、久しぶりに弾いてみたら意外と指が覚えていてちょっと練習すれば弾けそうな感じだったので、折角の機会ということで録音した。 ついでにアレンジ無しも録音した。 9-2はの曲では最も有名な曲の1つに数えられる。 は自分の曲を演奏する際、その場の気分に応じてアレンジしており、レッスンの際に弟子に教えたアレンジとか、自身の演奏のとかが残っている [8]。 この曲は特に多くのアレンジが残っており、これをエキエルがまとめてとして出版した。 となっており、と書いてあるので、アレンジ無しをOp. 9-2、アレンジありをOp. 9-2aと記述する。 今回の演奏解説に当たっては基本的に2aについて解説する。 同じ曲なので、場所によっては2でも通じる部分があるとは思う、その点においては2の方の演奏の参考になる可能性はあると思う。 とはいっても、そんな激ムズな曲じゃあないのでそれほど書くことがあるとも思えない。 音源について ナショナルエディションのバリアントはの録音 [1][3][5]くらいしかないと思ってたんだけど、調べたらとかとかとかの録音が存在するらしい。 Ewa Poblockaは。 これを買うくらいならでを買ったほうがよっぽど良い。 また、ナショナルエディションではないが、独自にアレンジを施しているはお勧めである。 楽譜について 上記の通り、当然ながらナショナルエディションを使うが、にも見るべきところがあるのでこちらも参考にした。 バリアントについてはにも掲載されているので、値段のクソ高いナショナルエディションには手が出ないという方はそちらを選ぶと良いと思う。 それにしてもナショナルエディション、なのにどういうことだよ。 ちなみに僕が使っているナショナルエディションは語バージョンなので、解説文に何が書いてあるのか全く読めない。 以前15番Op. 55-1の解説を和訳したことがあるけど3分の1ページくらいしかないのにめちゃくちゃ大変だったのでもうやりたくない。 英語だったら少しくらいやる気も出ようっていうものだけど、語なので読みたくない。 誰か英語版の解説文を譲ってくれるっていう奇特な方がいるなら訳してもいいかもしれない。 テンポについて テンポはかなりいい加減に設定しており、その日の気分によって好きに変えている。 実際のところ、テンポの指示は結構あるので正確に弾きたいという人は支持に従ったほうが良いと思う。 ただし、アレンジ部分で非常に速い動きを要求される部分があるため、どうしてもテンポを落とさざるをえない部分も出てきて、結局指示通りのテンポで弾けないじゃんとなる。 曲の構成について 変奏曲形式なので、主題、変奏、コーダという作りになっている。 具体的には次のとおりである。 小節 1~4 主題 5~12 第1変奏 13~20 第2変奏 21~24 第3変奏 25~35 コーダ 基本的に左手の動きは変わらないし右手も殆ど同じなのですごくお得感の高い曲である。 この曲の左手は弱音ばかりとなる。 このとき、弱い音を鳴らす方法を一つ試みた。 普通、ピアノで脱力というと余計な力を抜くという意味で、完全に力を抜いてしまうわけではなく、最低でも指がキーに押し負けない程度には力が入っている状態である。 ここで提案するのはわざと指がキーに押し負けるようにしてより弱い打鍵を行うというもの。 まともなピアノ教師の前では言語道断の行いである。 間違いなく叱責を買う。 それでも、この弾き方によってより一層の弱音が手に入る。 問題は和音を弾く際各音が揃わないのと、ときどき音が抜けること。 こういう弾き方もあるということを知っておいても良いと思う。 ベース音のスタッカートについて 1小節目の各ベース音にはスタッカートがついている。 これは短く切るのではなく、打鍵後次の音に向かうためにすぐに離鍵するという動きを意味している [9]。 2小節目以降はこのスタッカートが書かれていないしsempreの表記もないが、同じように演奏する。 ペダルの記号を途中から書かないというのと同じ扱いである。 なお、ナショナルエディションではこのスタッカートの表記はあったりなかったり、で、1, 5, 9, 10, 21, 22, 25小節だけについている。 一方、では1ページ目の全て13小節まではみっちりとスタッカートが付けられており、2ページ目からはかなり省略されて簡素になっている。 結局、このスタッカートはどうせペダルを踏んでいるということで、音には何の影響も与えない。 それどころか、ちゃんと保持しないといけない重要なベース音なので、スタッカートの表記に惑わされて短く切るなんてことをしてはいけない。 打鍵した後の演奏者の手の動きだけのものなので、あってもなくてもよいと思う。 4~5小節 楽譜には譜例のようにバリアントが表記されているが、ジェーン・グがからレッスンを受けた時の楽譜には4小節目と5小節目のBとGの間にギザギザの線が引かれている [6]。 経過音を入れなさいという意味で、この譜例の通りに弾かなくても各自で工夫を凝らして曲を作ったら良いことを示している。 これはバッハが楽譜にあまりはっきりと発想記号などを盛り込まずに、演奏者の練度に応じて装飾を入れるよう指導したのに似ている [7]。 13小節 の装飾音は原則、拍の頭に合わせて奏するらしい [2]。 これは幾度か試みたことがあるのだけど、何か気持ち悪くて拍の前に打鍵する演奏法に戻ってしまう。 拍頭と同時の装飾音は19番が印象に残っているのだけど馴染めない。 それはそうと、この装飾部分、21小節の第3変奏も同じ形をしている。 主題の、第1変奏の、第2変奏の13小節、第3変奏のと変化を望むのであればここはにした方が良いのではないかと思う。 右手第3音のCは2指で弾くのだが、この2音後で同じ音を1指で弾くため、2指がキーの上に残っていると邪魔になって弾けなくなる。 押したらすぐに指を上げること。 16小節 11のアレンジを弾く場合。 指示とは異なる指使いになるのだけど、譜例の赤で囲った部分、BHCCisDEsEGの並びでBH及びEsEのところを22, 33と同じ指で滑らせて弾く。 かなり速く弾かないといけない部分なので少しでも時間を短縮できるようにした。 この指を滑らせる際、指を寝かせていると鍵盤に力が伝わらず音が出ないことがあるので指を立たせた方が良い。 18小節 右手の4連符。 毎回テキトーに弾いている。 にこうやって弾くのはンぞっていう指示があった気がするんだけど、は持っていないのでちょっとわからない。 こういうときに図書館に置いてあればいいんだけど、そう都合の良いものでもない。 23小節 右手の装飾部分最後のD。 このD音は出来るだけキーの手前側を指を立てて押す。 指が寝ていると隣のEを一緒に押してしまうため。 24小節 左手5拍~6拍目のFをタイでつなげた。 このタイでつなげた先の6拍目でペダルを完全にオフにする。 3拍目で押したBが途切れることになるのだけど、一瞬だけなので気にならない。 それよりも右手の装飾音がはっきりと聞こえる方を選んだ。 また、その直後に7拍目でベースのEsを弾くのでどうということもない。 ちなみにこの小説、譜例の外に17aというアレンジが書いてあるのだけど、3度の和音が半音階下降で凄い速さで降りてくるというもの。 難しくて弾けないし、の録音 [3]を聞いてもそれほど素晴らしいとも感じなかったので、これを頑張って練習するくらいなら25-6とか24番練習しますわ、といってスルーした。 27~32小節 27小節がppで始まり、27小節後半でdolciss. ドルツィシモ となる。 この27小節10拍目から28小節6拍目が最もテンションの下がる部分。 ドルチェにシモが付いているので物凄く甘ったるく弾く。 28小節7拍目のEsにはアクセントが付いている。 のアクセントの書き方は独特で、デクレッシェンドと区別が付きづらい。 これはわざとそういう書き方をしていて、ピアノは打鍵した瞬間から減衰が始まりデクレッシェンドを短く切り詰めたものがアクセントであるとどっかで読んだ気がする。 だったような気がするけど購読してないので確認できない。 それとは別に、ヘアピン型のクレッシェンド、デクレッシェンドはテンポの揺れを表すという人もいる [9]。 長いアクセント記号を時間をかけることでその音を主張するという意味のアクセントと見做すこともできる。 どういう解釈が良いかは、実際演奏して聴いてみて良いと思う方法をとればよいと思う。 ともかく、このEsが消え入るようにして28小節目は過ぎ、29小節目でpになる。 29小節目後半でクレッシェンド、30小節目冒頭でcon forza力強く、この時点で音量はf相当になる。 30小節9拍目でアクセントが付いているのでここで一旦音量は極大となるが、続く小節最後でstretto加速し緊張感を高める。 そして、32小節目でffとなる。 このようにしてこれまで甘ったるかった演奏がコーダで豹変する。 30小節 譜例では9拍目からオクターブで弾くようになっているが、は「求められるクレッシェンドは、これらの少しか細い上声音では表現し難い。 次のようににすることをすすめる。 [4]」と6拍目からオクターブにすることを提案している。 30-31小節 左手の赤で囲ったベースの音は半音階の上昇であることを意識すること。 この部分、右手がオクターブの半音階進行であることの対比となっている。 5指でFを押さえ、1指と2指でEsとCを押さえるのだが、黒鍵のEsを1指で押さえるには鍵盤の奥の方まで手を持っていかなければならない。 このポジションで12拍目のFEsCを抑えようとすると付近の黒鍵を一緒に押してしまうことになる。 EsとCから1指と2指をすぐに離して、Fを5指で抑えたまま指を滑らせて鍵盤の手前までポジションを移動する。 この邪魔な黒鍵のない位置から悠々とFEsCを1,2,3指で押さえれば良い。 4指のタイミングで指くぐりが発生する構造になっており、指くぐりに失敗してミスタッチとなることが多いので4指の打鍵に物凄く意識を集中して弾くこと。 コンパス弾きでミスタッチを減らせる。 また、音階を下ってくるに従い腕の位置が右側から体中心付近に移動してくる。 すると体の姿勢が変わってくるため、それに合わせて弾き方を変えていく必要に迫られる。 それを避けるため、下降に従い体を左に動かして手と体の位置関係を保っても良い。 参考文献 [1], , 2006 [2]不破友芝, [3], , VICTOR ENTERTAINMENT 2007 [4]Alfred Cortot, , 2008 [5], [6], , 2016 [7], , 2004 [8], , 2015 [9]セイモア・, , 2009 20190126 20160717 20140314 20130314 20121008 takami446.

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ショパン『ワルツ』の難易度。第1~14番までの特徴も紹介

ショパン 9番

ショパンの『ワルツ第9番op. 69-1』は『別れのワルツ』または『告別』とも呼ばれています。 この曲はとにかく聴く側も弾く側も、両方を酔わせるほどの魅力溢れる珠玉の名曲と言えます。 特に「ゆったりとしたロマンティックな曲のレパートリーを増やしたい!」、「エレガントでお洒落な曲を弾いてみたい!」という方々は必見です。 こんにちは!ピアノ弾きのもぐらです。 秋もだいぶ深まってきましたね。 ところで皆様は紅葉を見に行かれますか?あるいはもう見に行ってこられたという方はおられますか? この季節になると、一生に一度でいいからどこか高い山の上から紅葉の絶景を思いっきり堪能したいという願望が湧いてきます。 でも何しろもぐらですので、結局毎年諦めています。 何とかして地中から山の頂上へ登る方法を、もうかれこれ数年考え続けております。 この曲の構成というのは楽譜をパッとご覧になればすぐにおわかりになるかと思いますが、主に表情豊かな三つの場面で構成されています。 この記事では、譜面上の節目と概ね一致しますが、以下の通り一つ一つのセクションに区切ってお話ししていきます。 動画をよく視聴して曲のおおまかな流れや雰囲気を予めつかんでおくと、練習もスムーズにできるかと思います。 それは冒頭で触れた『別れのワルツ』または『告別』という呼称の由来と、この曲が作曲された背景についてです。 この曲はショパン先生の若かりし頃の作品であると言われています。 当時、まだお若いショパン先生には愛する一人の女性がいたのだそうです。 その女性はマリアさんといって、ドイツの伯爵家のご令嬢だったそうです。 その出会いとは、ショパン先生が昔なじみの伯爵のお宅に出向いたときのことだったそうです。 ロマンティックですね。 そしてマリアさんとショパン先生はどうやら相思相愛のご関係で、お二人は心底惹かれ合っていたようです。 しかし、どのような理由があったのかはっきりとはわかりませんが、お二人の恋愛は1ケ月ほどで終わってしまったのだそうです。 1835年、ショパン先生はマリアさんとお別れする際に、彼女のためにこの曲を書いて贈ったという経緯があり、一説では『別れのワルツ』という呼称はマリアさんによって付けられたと言われています。 この曲は若き日のお二人の大切な思い出がぎっしりと詰まった、まるで一つの恋愛小説のような印象の曲だと私は思っています。 そして、お二人の恋愛模様が曲の随所に垣間見えるように仕上がっているようにも思います。 いろいろな想像を巡らせながら譜読みを行うと、奥深い発見がたくさん出てくるかと思います。 尚、上記のお話は信用性の高い文献に書かれていた内容を元に、もぐら的にわかりやすくまとめたエピソードでしたが、この曲の背景については他にも上記と異なる説が存在します。 そこで以下にて、文中に出てきたいくつかの注釈について触れつつ、他の有力な説についてもお話ししてまいります。 長くなりますが、どうかお付き合いください。 様々な文献によると、ショパン先生は幼い頃のマリアさんを以前からご存知だったらしいです。 つまりこの説によれば正確には「出会い」ではなく「再会」ということなのだそうです。 マリアさんとショパン先生は婚約を交わしていたという説もあり、マリアさんのご両親が後にそれを反対して婚約破棄になったことがお二人のお別れの決定的な理由であるという説が有力だと言われています。 ちなみにこの曲が作曲されたのはマリアさんと交際中の1835年、そして婚約破棄になってしまったのは1837年の出来事なのだそうです。 「1ケ月」というのは、正確には「再会して1ケ月」という意味ではなく「お二人の恋愛が続いた期間が1ケ月」という意味の説が有力だと言われています。 そして1ケ月の情熱的な恋愛が終わった後も、1837年の婚約破棄に至るまで、お二人はお手紙でのやりとりをしていたという説があります。 その証拠として、実際にお二人がやりとりしたお手紙の束なども見つかっているそうです。 『別れのワルツ』という呼称を名付けたのはマリアさんではなく、後世になってからまったくの別人が名付けたという説もあります。 また、音源をお聴きになるとおわかりになるかと思いますが、この曲には『別れ』というよりもどちらかというと『甘美な恋』を表現しているかのような雰囲気があります。 上記のでも触れましたが、この曲が作曲されたのは、マリアさんとの交際中の1835年と言われています。 その辺りを踏まえ、上記ので述べた「その後もお手紙のやりとりが続いていた説」を加えて考えてみますと、『別れ』という呼称を1835年の時点でマリアさんが付けたという説には、少々無理があるようにも思えます。 また、この曲の呼称の意味というのは「1835年の甘美な恋の1ケ月が終わった」というような意味ではなく、その後の「1837年の婚約破棄によって、完全にお二人の恋が断たれてしまった悲しみ」というような意味のほうが有力だと考えられます。 上記のように考えてみると、呼称は他の人が名付けたという説のほうが、どちらかというとつじつまが合う気もします。 譜面を見ながら、例えば「恋はロマンがある一方で悩みもつきもの」など、いろいろな解釈ができるところも醍醐味の一つです。 ワルツというものには「踊る」という目的もあります。 しかしこの曲はワルツではありますが、どうにも踊ろうという気分にはなりにくい気がします。 そして、この部分は左手の1拍目に注意しましょう。 かくいう私もよく見逃しがちなことなのですが、左手の1拍目は符点2分音符になっています。 つまり、この曲の拍子は4分の3拍子ですので『3拍分の間、音を持続させなければならない』という意味合いになります。 もう少しわかりやすく申しますと、1拍目で鍵盤を押さえてそれを離さずに2拍目と3拍目を鳴らすという弾き方です。 これはあくまで想像ですが、この1拍目がもし4分音符であったら、おそらくこの曲の雰囲気は随分と変わっていたことでしょう。 ですが、ご覧の通り実際は符点2分音符です。 1拍目の音を持続させることによって、この曲の特徴とも言える気だるさがより一層色濃く表現できるように思います。 ですので、左手の1拍目は特に注意して丁寧に鳴らすように心がけましょう。 この部分の右手で『5連符+3連符』のフレーズが出てきました。 このフレーズはあまり強調させないほうが無難かと思います。 ちなみに私個人としては、この連符の部分はそれほど無理に速く弾く必要は無いかと思います。 ですが、速く弾くことも解釈の一つですし弾き手の好みもありますので「速く弾いたほうがしっくりくるよ」という方も当然おられるかと思います。 この辺りはそれぞれの個性が表れる箇所であると思いますので、いろいろな弾き方を試してみるのも楽しいかと思います。 そしてこの13連符ですが、これは先ほどの『5連符+3連符』の変奏ですので、音の鳴らし方は先ほどと同様に考えて大丈夫だと思います。 あくまでさりげなく繊細に、そしてなるべく強調し過ぎないように弾きましょう。 そして、この部分にはペダルの指示もあります。 ここで指示があるからと言って、あまりにもペダルを深く踏みすぎてしまうと音がたちまち濁ってしまい、せっかくの繊細な13連符も何だかモヤモヤとした響きになってしまいます。 そのため、この部分のペダルは浅めに踏むのがおすすめです。 そして場合によっては、まったくペダルを入れないという選択肢もあって良いと私は解釈しています。 まったく新しいフレーズが登場するからです。 そして特にセクションBについては、できれば練習前にいろいろな音源をよく聴いてみることをおすすめします。 上の楽譜が今でも不可解に思えてなりません。 いや、正確には楽譜というよりも音源における実際の弾き方がどうも謎なのです。 というのもいろいろな音源を聴いてみると、何だかこの部分だけちょっと浮いているような印象を持ってしまうのです。 具体的には、どう聴いてもこの部分が4分の3拍子に聴こえてこないのです。 「これも一つの抑揚の付けかたなのかな?テンポが変化したから?」とも考えたことはありましたが、それにしても腑に落ちません。 本当にここは今でも悩みに悩んでいます。 「じゃあ結局どう弾けばいいのか?」という答えとしては、すごく極端というか無責任なお話かもしれませんが、とにかくいろいろな音源を聴いてみて「あ、この弾き方いいな!」という憧れを糧に弾いてみましょう。 つまり、露骨な言い方をしてしまえば最初の一歩は「真似」ということです。 「なんだよもぐら!いい加減なこと言って!」と言いたくなりますよね、ごめんなさい。 でも、最初は真似から始まっても、そこから発展して自分のカラーというか個性を付けていくことができれば、真似をするというのも有意義なことだと思うのです。 ちなみに当時この曲を初めて練習する際私は、ピアニストで指揮者のが大好きだったので、聴きながら「こういう表現もあるのか!こんなふうに弾いてみたい!」と憧れて、何度も音源を聴いていました。 お気に入りの演奏を聴きながら曲についての理解を深めるという時間は、最高に楽しい時間だと思います。 そのような意味でも、真似というのは立派な練習方法の一つだと私は思っています。 この部分は先ほどのフレーズに少し変化がついたものですね。 先ほどの譜面とこの部分を見比べてみると、特に右手にはスタッカーティシモ(意味:スタッカートよりさらに短く音を切る)がついていたり16分休符が入っていたりと、より一層リズミカルで躍動感を感じられるような印象になっています。 ちなみにこの左手については、先ほどのフレーズにも同じことが言えますが、やはり最初の1拍目(符点2分音符の和音)はの左手と同様に、しっかりと音を持続させましょう。 また、左手の符点2分音符のすぐそばに符点4分音符がありますが、これは符点2分音符の和音と同時に弾くという意味です。 つまり、1拍目は三和音を鳴らすということです。 これは私の勝手な解釈ですが、セクションCではショパン先生とマリアさんの恋の駆け引きをイメージさせるような印象です。 』は『テヌート』の略で意味は『音の長さを保つ』 この部分の譜面は少しややこしいように思われる方もおられるかもしれません。 どちらの手で弾くべきか悩んだときには、音符についている棒の向きに注目しましょう。 私個人としてはここは左手のほうが適切かと思っておりますが、もちろん右手で弾いたほうが弾きやすいという場合もあるかと思います。 ですので、その辺りにはこれといって制限などは無いため、どちらで弾くかはあまりこだわらなくても大丈夫です。 』の意味は『だんだん音を大きく』 この部分は譜面をご覧になればおわかりになるかと思いますが、全体的に2拍目に重きを置くという弾き方になります。 アクセントもついていますね。 ここは次第に盛り上げていく部分です。 そして譜面には特に指示はありませんが、私としてはだんだんと盛り上がるにつれて速度を上げていくと、より一層表情豊かになるかと思っています。 これはあくまで私個人の解釈ですが、何だかこの部分はショパン先生とマリアさんの、恋のときめきとか鼓動の高まりなどが表れているようにも感じられます。 そしてこの部分には自由さや高揚感も感じられます。 遊び心を持って楽しく弾きたいところですね。 そして先ほどのフレーズはこの部分で一区切りつきます。 これも指示は特にありませんが、この部分の2小節目で急にあえて速度を遅くするという弾き方というのも面白いのではないかと私は解釈しています。 ですが、もちろん表現は十人十色ですので、実際に弾いてみて一番しっくりくる方法で表現するのが望ましいかと思います。 フェルマータ(意味:音や休符を倍くらいに伸ばす)もついていますが、このフェルマータについてもその意味にガチガチにとらわれる必要は無いと私は思っています。 弾いていて自分が納得のいく長さで大丈夫です。 しっかり確認!全体的なまとめ さて、ここまでショパンの『ワルツ第9番op. 69-1』についてお話ししてまいりましたが、いかがでしたでしょうか? ここで、全体的な弾き方のコツを以下にまとめました。 1. 場面の移り変わりを意識して表現する(全体的に) 2. 左手は音符の長さに注目し、音を持続すべき部分はしっかり持続させる(特に、) 3. ペダルは踏み方をよく考えて、適切に加減する(全体的に) 4. 連符は装飾音のような感覚でさりげなく繊細に弾く(全体的に) 5. 最初は真似から入るというのもOK(特に) 6. 譜面の指示だけでなく、自分のイメージに沿った表現も大切にする(特に) 以上の6つのコツを念頭に練習してみてくださいね。 この曲はショパンのワルツ集の中でも特に表情豊かな作品だと思います。 そして上記の通り、難易度もそれほど高くはありませんし場面ごとの変化もとてもわかりやすいため、ショパンのワルツを練習し始めたばかりという方々には特におすすめです。 そして上記の通り、この曲には様々な想像の余地があります。 ですので、技術面である程度余裕が出てきたら、次は演奏を通じて何らかのメッセージやストーリー性を、まるで本の読み聞かせをするかのように聴く側に発信するということも意識してみましょう。 それでは練習、頑張ってくださいね!畑の地中から毎日応援しています。

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ショパン ノクターン2番 Op.9

ショパン 9番

> > ショパン・ノクターン(夜想曲) ショパン・ノクターン(夜想曲)全21曲 ショパンのノクターン(夜想曲)について 作品の特徴: ・甘美な旋律の宝庫 ・ショパンの「ピアノの詩人」としての持ち味が最大限に発揮された作品群 「ノクターン」という呼び名は、邦語では「夜想曲」と訳されるように、「夜を想う曲」というのが語源にもある ようです。 しかし、ショパンのノクターンを聴く場合、必ずしもその語源にこだわる必要はないと 思います。 ほの暗く物憂い雰囲気の、いかにも夜想曲風の作品もあれば、朝露の滴る若葉を 見るような、あるいは晴れやかな青空を見上げるような爽やかなノクターンもあります。 ショパンのノクターン 夜想曲 は、アイルランドの作曲家ジョン・フィールドの影響を強く受けている と言われています。 左手の定型の伴奏の上に、右手で、甘美で感傷的な旋律を歌うその技法は、ショパンのノクターンの、 特に初期の作品で頻繁に用いられています。 そのため、彼の初期のノクターンに関しては、やや独創性に欠けていると評されることもありますが、 絶え間なく涌き出る甘美な旋律をそのまま作品として書きとめることのできるノクターンという作品群 は、ショパンのピアノの詩人としての一面が最もよく現れたものであったように思います。 ショパンのノクターンはほとんどの作品が3部形式を採っており、傑作と呼べる作品のほとんどが、 優美な旋律の流れる主部と情熱的な中間部のコントラストの妙で、作品の完成度をより高いものとしています。 フィールドの影響を受けつつも、独自のピアノ音楽を作り上げたショパンが、この作品群において 到達した至高の境地は、第8番変ニ長調Op. 27-2や第13番ハ短調Op. 48-1を頂点として、第4番ヘ長調Op. 15-1、第5番嬰ヘ長調Op. 15-2、第7番嬰ハ短調Op. 27-1、 第12番ト長調Op. 37-2、第16番変ホ長調Op. 55-2、第17番ロ長調Op. 62-1、第18番ホ長調Op. 62-2などの珠玉の傑作の中で最高度に発揮されているようです。 また彼のノクターンでは、短調の調性を強引に同名長調に変えて終了させる、いわゆる「ピカルディの3度」と いう技法を用いたものが多くなっています 主音から第3度の音を半音上げることからそう呼ばれているらしい。 その何とも言えぬ脱力感、無重力感は、神経を麻痺状態に 落とし入れる魔力を持っていて、聴いていて不思議な感覚になります。 ノクターン第1番変ロ短調Op. 9-1 作曲年:1830-31年 3部形式 但し「静-静-静」 で書かれています。 ジョン・フィールドの影響を受けていて独創性は若干乏しいものの、 主部の、ほの暗い情緒と極上のロマンに満ちた旋律は惚れ惚れするばかりの美しさで、非常に分かりやすく 親しみやすい作品です。 中間部は平行調の変ニ長調で、幅広い左手の伴奏の上に、右手がオクターブで 優美な旋律を奏でます。 技術的にもショパンのノクターン中比較的容易なため ピアノ学習者にも人気のある作品です でも左手の伴奏は結構音域が広いから手が小さい人には難しいのでしょうね。 この一曲をものにするだけでも、ショパンの歌心、節回しといった 表現技術が相当身につくと思います。 ショパンのノクターンを初めて手がける人には第2番、第20番とともに この曲をお薦めしたいです。 技術的な課題は、幅広い左手の伴奏音を確実にとらえられるようにすることが第一だと思います。 その人に合った運指を見出すことも大切です(冒頭の左手の伴奏は、531213という運指が一般的のようですが 僕は中指が短いこともあり、531214の方がはるかに弾きやすくこの運指で弾いています)。 あとは、右手に登場する不規則な速いパッセージ(11連符、22連符、20連符など)を集中的にさらって しっかり粒を揃えて弾けるようにすることも重要なポイントだと思います。 (MP3プレーヤー(iPodRを含む)、iTunes、Windows Media Player等に対応) ノクターン第2番変ホ長調Op. 9-2 作曲年:1830-31年 ショパンノクターン中、我が国では最も人気のある作品。 映画「愛情物語」で使われて一躍人気と なったようです。 この曲は、冒頭で示される変ホ長調の主題が少しずつ形を変え、装飾を加えられながら 何度も登場させるロンド形式で書かれています(以前は「変奏曲形式」と書きましたが、 どうも僕自身の認識の間違いだったようで、これを読んでくださった皆さんにはお詫びしたいと思います。 ) この曲は、彼のノクターンの中では演奏も容易なため、ピアノ学習用としても 頻繁に用いられているだけでなく、「ショパン名曲集」と銘打つレコードに収められる作品の定番中の 定番としての絶対的な地位を揺るぎないものとしています。 オルゴールや電話の取り次ぎ用の音楽としても しばしば用いられ、そのポピュラリティはベートーヴェンの「エリーゼのために」に迫ろうかという勢いです。 作品内容を冷静に振り返って見ると、曲の人気度が一人歩きしてしまっている感が強く、きっと ショパンが今の時代に生きていて、この事実を知ったとしたら驚くと同時に、苦笑いしてしまうでしょう。 この曲はショパンのノクターンの中では最も弾きやすい曲の1つだと思いますが、 技術的な課題は、強いて言えば、この曲を3拍子として考えたとき、左手の伴奏で1拍目と2拍目の跳躍が大きいというのと、 やや和声が複雑なため覚えるのに少々時間がかかる場合があるということです。 あとは最後の方に登場する速い繰り返し音型を粒を揃えて淀みなくきれいに弾くこと、 繰り返し回数を間違えないこと(プロでも間違えている人がたまにいます)ですね。 (MP3プレーヤー(iPodRを含む)、iTunes、Windows Media Player等に対応) ノクターン第3番ロ長調Op. 9-3 作曲年:1830-31年 この曲はかなり大規模なノクターンで、ショパンの初期のノクターンの傑作です。 作品9の集大成的な意味もあると思います。 やはりこの曲も三部形式で書かれていますが、穏やかな情緒の支配する、ロ長調の主部(A)と、 激しく暗い情緒の支配する中間部(B を著しく対比させるという手法をこの曲で初めて採用し、 これは後の彼のノクターンにおいてしばしば用いられた作曲技法です。 その意味で、いわばこの曲は、ショパンのノクターン名作の原点とも言えると思います。 主部はロ長調で、やや動きを伴い、穏やかで明るい情緒が支配しています。 左手の伴奏型は音域が広く、特に第2音と第3音がオクターブの広がりを持つため、慣れるまでは少し弾きにくいです。 また右手には不規則な速いパッセージが数多く登場するので、そこだけを取り出して何度も集中的に さらうのが効率の良い練習方法だと思います。 この配列は自分で発見した規則性があるのですが、漫然と聴いていると絶対に覚えられない部分ではないか、と思います。 この曲を弾く人だけ意識する問題ですね。 一方、中間部は、左手の動きが重要なポイントです。 2指が1指を超えて、さらに1指が2指の下をくぐる、という動きを しますが、ここは「くぐり」ではなく、瞬間移動で代用する弾き方の方が上手く弾けます。 覚えにくい部分なので、ここだけを取り出して集中的に弾き込む必要があると思います。 以上のことに注意して練習すれば、かなりの完成度が期待できると思います。 (MP3プレーヤー(iPodRを含む)、iTunes、Windows Media Player等に対応) ノクターン第4番ヘ長調Op. 15-1 作曲年:1830-31年 3部形式。 主部の、潤いに満ちたヘ長調の旋律は、雨上がりの青空から差し込む柔らかな日差しの下、新緑の木の葉から雨のしずくが 滴り落ちる様を表しているかのようです。 聴くたびに心が洗われるような、純粋で清清しくも爽やかで 美しい旋律です。 しっとりとした潤いのある美しい音色で1音1音を紡ぎだすような弾き方で演奏する必要があると思います。 この部分の技術的な課題は特にないと思いますが、左手の伴奏型は、「雨だれの前奏曲」同様、 遅い連打が登場するため、きちんと粒を揃える意識を持って、注意深く弾く必要があると思います。 一方、中間部は何の前触れもなく突然のごとく轟く雷のように始まります。 その著しい対比は、バラード第2番を想起させるものがあり、まさしく「青天の霹靂」という形容がふさわしいですね。 この部分は技術的にもやや敷居が高く、弾ける人は難なく弾けても、弾けない人はかなり辛い思いをするという、 ピアノ弾きにとってはやや酷な部分だと思います。 課題は右手の動きに尽きると思いますが、 右手で14指-25指、あるいは13指-25指のトリルが力強く速くできない場合、かなりの苦戦が予想されます。 さらに、2指と5指が広がらない場合、上に書いた動きができたとしても、やや無理が生じることがあると思います。 その場合、この曲は一旦パスして、指が出来上がってきたと思ったら、再度取り組むと良いと思います。 この曲は、個人的には非常に好きなノクターンですが、演奏する人にとっては、やや敷居の高い曲です。 ノクターン第5番嬰ヘ長調Op. 15-2 作曲年:1830-31年 ショパンのノクターンの中では非常に人気の高い作品で、傑作の一つに数えられます。 3部形式の主部 は、いささかの感傷もないひたすら優美な旋律が鳴り響きます。 右手のパッセージも半音階的な装飾など 非常に手の込んだものとなっており、ピアニスティックな魅力に満ち溢れています。 対する中間部は Doppio movimentoの表示通り、動きを伴っていますが、右手の5連符の中に埋め込まれた旋律は、ひたすら 優美で華麗であり、後半に向けて、徐々に感情を高ぶらせてクライマックスに向けて盛り上げていく ように演奏する必要があります。 その抑揚のつけ方がこの作品の演奏の最大のポイントだと思います。 この作品ほど暗い蔭りを感じさせずに優美さのみを聴く人に印象付けるものはないと思います。 ところで、この曲の技術的な課題ですが、まずはDoppio movimentoの中間部をしっかりつぶすことに尽きます。 1指-4指、1指-5指のオクターブ、分散オクターブによって旋律を作って際立たせ、それ以外は旋律を 浮き立たせる脇役的な音として聴かせなければならないのですが、それを考える以前に 技術的にきちんと弾くのがかなり難しい部分です。 また、その前後の主部に登場する速いパッセージ、 特に後半の分散6度の半音下降音型はかなり弾きにくいです。 ノクターン第6番ト短調Op. 15-3 作曲年:1833年 僕自身の本音を言ってしまうと、ショパンのノクターンの中では個人的には最もつまらない、と思っている曲です。 3部形式の主部は、3拍目が休符という左手の一定の音型の伴奏の上に、右手でほとんど装飾音も 装飾的パッセージもない至極単純な旋律を奏でます。 対する中間部は、へ長調で始まるコラール風の 和音が並び、その静かで単純な響きからは宗教的な色を強く感じます。 この曲に限らず、ショパンの 初期のノクターンはピカルディの3度という終止法が取られており、この曲も同名長調のト長調で終わります。 ノクターン第7番嬰ハ短調Op. 27-1 作曲年:1835年 3部形式 ABA の主部 A では左手の幅広い伴奏の上に、右手が嬰ハ短調とホ長調の間を行き来する 不安定な旋律を奏でますが、そのほの暗い情緒はまさしくノクターンそのもので、ここは極上の音色で 静謐に奏でる必要があります。 その意味で、ショパンのノクターン全曲中、これほど「夜」のイメージに ふさわしい曲はないのではないか、とさえ思います。 ショパンの「月光」とでも名付けたくなるような曲調です。 対して、中間部は、同じく嬰ハ短調に始まり、非常に情熱的です。 左手の伴奏の上に、右手が強烈な和音を叩き付けることにより、そのパッションは高揚、大爆発し、大きな クライマックスを迎えます。 この最後の長調の部分は惚れ惚れとする美しさ、情趣で、 余韻を残したまま、恍惚とした趣で静かに終わります。 この最後の部分に惹かれている方も多いのではないか、と思います。 個人的にはノクターンの傑作の一つです。 ノクターン第8番変ニ長調Op. 27-2 作曲年:1835年 1小節の序奏の後、そっと語りかけるように始まる変ニ長調の夢見心地の旋律は、聴く人を一瞬にして 惹き付けます。 その微妙なハーモニーの移ろいが何とも切なく、変ロ短調から変ホ短調に転調する瞬間は、 モノローグではなく、誰かに訴える静かな叫び声に変わっています。 実はこの曲を初めて聞いたとき、 この部分で、ビビビっとしびれてしまい、末梢神経を完全にやられてしまいました 笑。 本当に 美しく甘く、そして一抹の切なさと不安をもないまぜにしつつ、恍惚とした極上の旋律が絶え間なく 流れていきます。 こんなに美しい旋律がこの世にあってよいのか、というのがこの曲を初めて聴いたときの 第1印象でした。 そのためこの曲は僕の中では、第13番ハ短調Op. 48-1と並んでショパンのノクターン21曲中 ベスト2です。 変ニ長調のF音をE音に変えること等による単純な遠隔転調により、中間部はイ長調で始まりますが、 ここでもショパンのノクターンによく見られるような、主部と中間部の静と動の対比の妙があります。 それも平穏な感情から次第に高揚してどうしようもないほど感情を高ぶらせながら、せき込んでそのまま 主部の再現部に突入する構成は、ショパンのノクターンの中では特異な技法と言えます。 その中間部後半の感情の高ぶりは、不安定な和声と調性感がもたらす必然的なものであるため、そこを 「それが条理である」という感覚を聴く人に与えながら演奏するのが課題となります。 ショパンのノクターン中、非常に充実した作品で、最高傑作の一つに数えてよいと思います。 なお、この曲は、大部分は技術的にそれほど難しいと思いませんが、ただ1箇所、52小節目の48連符(の前半)が 非常に難しく、ここの難易度が高いため、技術的に難しい作品と位置づけています。 この曲に取り組む方は、全体を弾けるように維持しておく一方で、52小節目の前半は、これでもかというくらい 集中的に練習して技術的にしっかりつぶせるように頑張ってください。 (MP3プレーヤー(iPodRを含む)、iTunes、Windows Media Player等に対応) ノクターン第9番ロ長調Op. 32-1 作曲年:1836-37年 極めてシックで落ち着いた雰囲気のノクターン。 全音楽譜の解説では「夢見るような」という表現 が用いられていますが、僕自身はそうではなく、この曲のロ長調の第一主題は、物語を語るような口調で静かに穏やかに 語りかけられているような感覚です。 この作品では、楽句のところどころにフェルマータと突然停止 があり、音楽上の意味を考えるといろいろ不明な点があります。 しかし、逆にこの部分にフェルマータと突然停止 がなかったら、確かに何とも平凡な音楽に聞こえてしまいますね。 その平凡さを隠すためのショパンの 苦心といったものが見て取れるので、聴いていて疲れてしまうことがままあります。 楽想的にはやや 物足りない感じで、個人的には、彼のノクターンの中では平平凡凡という位置付けです。 なおこの曲は コーダでいきなり短調に転調して劇的に終わります。 ショパンもこの曲に何か変化を付けたかったのでしょうね。 実はこの曲の最後の終止和音には2種類の版があって、僕が持っている楽譜では、全音楽譜がロ長調、 パデレフスキ版がロ短調となっていますが、ロ短調で弾くピアニストが多いようです。 なお、この曲の難易度はノクターンの中でもかなり易しい部類で、何か1曲ノクターンを弾きたい、 入門用のノクターンを探している、という方には、2番、15番、20番とともにこの曲をおすすめしたいと思います。 「平凡な楽想」と書きましたが、それでもショパンの旋律を歌うという意味では、この1曲から 学ぶものは結構多いと思います。 ノクターン第10番変イ長調Op. 32-2 作曲年:1836-37年 何とも変わった序奏の後、主部では、その序奏とは関連性の薄い楽句が示され、左手の3連符の 伴奏の上に右手で単純な旋律を奏でます。 やや動きを伴った 「動的」なノクターンで、そのせわしなさがユニークです。 対する中間部では、へ短調に転調し、 情熱的な和音の連続となります。 後半は半音高い嬰へ短調に転調してほぼ同じものが繰り返されますが、その やるせない感情のどうしようもない高ぶりは、本曲の最高の見せ場であり聴かせどころです。 主部の再現部では、ほぼ同じものが繰り返されますが、なんと、序奏で現れた楽句がそのまま最後に 使われて終わります。 そういう「仕掛け」だったわけですね(笑。 技術的な課題は、中間部で連続する装飾音攻撃(?)に尽きると思います。 運指やピアノアクションによっては音が鳴りにくい場合もあるため、ここは少し神経を使うことになると思います。 それと、中間部のヘ短調、嬰へ短調それぞれの部分の終わりのところはやや覚えにくく努力を必要とする部分だと 思います。 練習のポイントとしては、特に中間部に時間をかけて弾き込む必要があると思います。 ノクターン第11番ト短調Op. 37-1 作曲年:1838年 この作品も、第6番ト短調Op. 15-3と並んで、ショパンのノクターンの中では独創性に欠けると感じる 作品です。 曲は静-静-静の3部構成 ABA' で、主部Aではト短調と変ロ長調の間を揺れ動きながら、幾分哀愁の漂う 単純な旋律が耳に心地よく、手の込んだ装飾音が彩りを添えます。 対して中間部 B は、変ホ長調に 転調し、コラール風の静かな4分音符の和音の連続となります。 そのいくぶん瞑想的で単純な 音型には宗教的な雰囲気を強く感じます。 主部が同じト短調で再現された後、最後は「ピカルディの3度」を用いてト長調で 終わります。 ショパンのノクターンの中で最も単純で変化に乏しい作品だと思います。 ノクターン第12番ト長調Op. 37-2 作曲年:1839年 非常に明るい情緒に満ちた舟歌風のノクターン。 全てのものがバラ色に見えたマジョルカ島への船旅の情緒を 感じさせます。 澄みきった青空の下、紺碧の地中海に浮かぶエメラルドグリーンのマジョルカ島へ向かう ショパンの笑顔が光り輝いているように感じます。 ト長調の第一主題は、そのような ひたすら喜びに満ち溢れた美しい旋律ですが、その穏やかな響きの影で演奏者がどれだけ泣いている ことか。 3度や6度が連続し、ここを何の苦の後も感じさせずにさりげなく涼しげに喜ばしく弾くことがどれほど 難しいことか。 ハ長調で始まる和音中心のもう一つのゆっくりした主題は、ポーランドの民謡からの 引用といわれていますが、その単純な響きには宗教的な趣を感じます。 とにかく、この曲はト長調の第一主題!!。 こんなに明るくも感動的な旋律はないですよ。 個人的には 非常に好きな作品で、ノクターンの傑作の一つに数えています。 ノクターン第13番ハ短調Op. 48-1 作曲年:1841年 ショパンノクターン全21曲の中の最高傑作。 他の多くのノクターンと同じ3部形式 ABA' で書かれていますが、 その構成は、従来の静-動-静という単純な構成とは異なっています。 左手の低音オクターブと中音の和音が交互に現れる静かな伴奏 に乗って、右手で奏でられる旋律からは、澄んだ夜空を見上げているときに感じる「恒久」の感覚、あるいは 静かな時の流れといったもの感じます。 その独自の美学に貫かれた旋律は、聴く人を恍惚状態に陥れ、有無も 言わさずその世界に引きずり込んでしまう魔力を放っています。 中間部はハ長調の静かな分散和音に 始まり これが技術的には案外な曲者 、3連符のオクターブが現れ、中間部のクライマックスを迎えます。 しかし、この曲の最大の聴き所は、その後の主部の再現部A'で、ここはA部で示されたものと同じ旋律が、 絶妙のハーモニーを伴った 右手、左手の3連符の和音によって色付けされていきます。 前半部Aでは、消えゆくだけのはかない旋律 であったものが、ここでは静かな、しかも美しい伴奏に支えられて、より細かな和声の変化が彩りを添えます。 その極上のハーモニーは、最後、こみ上げる感情とともに一気に最高潮に達し、その高々と鳴る 痛切な和音の連続は、聴く人の感情をいやがうえにも高ぶらせます。 そのゴージャスにして悲痛な ハーモニーは、非常に分かりやすく万人を惹きつける魅力を放っています。 個人的にはショパンの創作の中でも最高傑作の一つに数えています。 なお、この曲は、技術的には非常に難しく書かれており、主部から中間部に移行する経過句であるハ長調の音域の広い アルペジオもさりげなく難しいですし、中間部のオクターブ連続部もピアノ鍵盤の位置感覚を身体で覚えていないと ミスをせずに弾くことが難しい部分です。 そして主部が戻ってきた後に数回登場する右手の和音の速い連続部が最高の難所です。 ここを素人離れした弾き方をする場合、 軽く力を抜いた上で旋律の最高音だけをきれいに出して歌う、という芸当をやってのける必要があります。 皆さんも、是非、チャレンジしてみてください。 結構難しいですよ。 (MP3プレーヤー(iPodRを含む)、iTunes、Windows Media Player等に対応) ノクターン第14番嬰ヘ短調Op. 48-2 作曲年:1841年 ノクターンの最高傑作の1つであるノクターン第13番の姉妹作で、この14番は、二次的な作品とも考えられています。 静-静-静 ABA' の3部形式。 短い序奏の後に示される嬰へ短調の旋律は、静かな独り言といった趣で聞こえて きます。 繰り返し単位の中でも同一音型が繰り返されますが、1回目は語りかけるように、2回目は呟くように と微妙に表情を変えて、その表情の変化を聴く人に意識させる必要があります。 そのためには ピアノという楽器から産み出される微妙な音色の変化、アナログ的な中間色といったものを熟知 している必要があります。 単純なようでいて 案外「含み」が多く、その微妙な表情の移ろいを音楽的に完璧に演奏するのは、意外に大変なようです。 中間部は、3拍子となって、基本的に1,2拍目は和音、3拍目は5連符とややユニークな楽句となっています。 音楽的にはあまり充実していないように感じます ここが好きだという方、いますか?。 主部の再現は大幅に省略され、変わりに新たな楽句が登場しますが、特筆すべきは、一瞬左手が止まって 右手だけのメロディーになるところです。 ここの弾き方一つで演奏者の才能が分かってしまうようです。 ショパンという人も恐ろしい試金石を埋め込みましたね。 作品の完成度、魅力といった点では若干物足りない 作品のようですが、演奏者に優れた感覚を要求する、音楽的に厳しい作品のようです。 この曲を弾かれる方は、くれぐれもご注意を 笑。 ノクターン第15番ヘ短調Op. 55-1 作曲年:1843年 3部形式の小品。 主部では、孤独なモノローグといった趣のもの憂いヘ短調の旋律で静かに始まります。 平行調の変イ長調からハ短調に転調すると思わせて、瞬間的にハ長調を経て元のへ短調に戻るなど、 作曲技法的に見ると面白い要素がありますが、独創性には欠けるようです。 中間部は、和音と力強い ユニゾンが対話するように交錯し、次に左手の3連符-4分音符という音型の繰り返しの上に右手で 悲痛な旋律を奏で、次第に高揚してクライマックスを迎えます。 ここがこの作品の唯一といって いいほどの最大の聴かせどころです。 主部の再現は非常に短く、主題が短く再現された後、 右手の旋律が3連符に変化し、徐々に急き込んでアッチェレレンドし、最後はヘ長調に転調して キラキラとした美しい粒立ちのアルペジオが高音まで駆け上がって、静かな和音とともに消えるように終わります。 ところで、この曲は、中間部が多少難しそうに聴こえますが、実際に弾いてみるとそれほどでもなく、 きちんと確実に音を拾っていけば、確実にものにすることができる曲だと思います。 その意味では、ノクターン2番、9番、20番と並んで、最も易しい部類に属するノクターンだと思います。 ノクターン入門用の1曲としても、皆さんにおすすめしたい作品です。 ノクターン第16番変ホ長調Op. 55-2 作曲年:1843年 この作品には例外的に決まった形式がなく、即興的な趣を持っています。 序奏もなく流れるような左手のアルペジオ の上で奏でられる右手の旋律は、優美で流麗であり、聴く人を恍惚状態に陥れるほどの魔力を放っています。 しかし、音型は変化しなくても、和声は時々刻々と微妙に移り変わり、 一時として安定しないのは、ユニークであり、いかにも独創性を心がけたショパンの楽曲といった趣です。 私が何度も言っていることですが、和声の変化を敏感に感じ取り、それをテンポ アゴーギク 、強弱 デュナーミク に 一対一に結び付けて、いわばそれが条理である、といった感覚を聴く人に与えるように演奏する必要があります。 とくにこの作品の場合、それを徹底して行わないと、聴く人を確実に眠らせます。 実際そういった演奏が多いのは 残念なことです。 ショパンの音楽の語法に精通しているピアニストの演奏ならば、この作品は、彼のノクターンの 中でも屈指の名曲として聴こえてくるはずです。 ところで、この曲の難易度ですが、これは耳に聴こえる以上に難しい曲です。 左手の伴奏の音域が広い上に、右手と左手の1指どうしが頻繁に重なり合うため、 油断をすると音を外しやすいです。 また暗譜が非常に難しい曲でもあります。 安定したテンポでミスなく最後まで弾き切ることをもって「弾ける」と定義するのなら、 この曲が「弾ける」ようになるのは、かなり大変なことだと思います。 「我こそは」と思う方は、是非、取り組んでみてください。 ノクターン第17番ロ長調Op. 62-1 作曲年:1846年 アルペジオの雄大な響きの序奏から聴く人を惹きつける魅力を持ったノクターン。 ジョルジュ・サンドとの 破局が現実のものとなり、失意と孤独の最晩年を迎えようとしていたショパンの孤独感と諦観が昇華した作品 と考えてよいと思います。 3部形式の主部は、落ち着いた雰囲気のロ長調の旋律で始まりますが、嬰ト短調に 転調する直前以降の、何とも言えぬ、こみ上げる悲しみを涙色で染め上げたような和声は、とてもこの世の 音楽とは思われない程の美しさで、私はここを初めて聴いたとき、半分金縛り状態に陥った記憶があります。 本当に作曲家ショパンに霊魂が乗り移ったかのような天才的な和声がこれでもかこれでもか、と続きます。 対して中間部では、変イ長調に転調し、深々とした落ち着いた雰囲気の旋律が穏やかに流れます。 その中で和声が徐々に変化し、何ともやるせない感じが漂い、こうした雰囲気を出すには、 ちょっとしたセンスが必要になりそうです(僕にとっても耳が痛い話ですけど…)。 主部の再現部は、主部の旋律にトリルを主体とした手の込んだ装飾を施し、落ち着いた楽句に彩りを添えています。 この曲の最大の技術的課題も、この部分の、「これでもか」と続くトリルの連続部ですね。 最後は、右手でゆっくりした16分音符の極上の美しさを持つ旋律を奏でた後、静かに終わります。 非常に美しいノクターンで、私自身は、ショパンのノクターンの傑作の一つに数えています。 ノクターン第18番ホ長調Op. 62-2 作曲年:1846年 非常に優美で手の込んだ佳作です。 晩年の作品ですが、前作の第17番と比較するまでもなく、この作品には 憂鬱、深い悲しみといった要素がほとんどなく、ひたすら優美で華麗なノクターンとなっていることは、 ショパンの精神的な強さを感じさせます。 3部形式の主部では、いささかの感傷もないひたすら甘美なホ長調の 旋律が耳に心地よく響きますが、あまり感動的な旋律ではないようです。 ただし、この旋律を聴いていると、有名な「別れの曲」と同じ調性だから、 という理由もあるからなのか、ショパン自身の、人生に対する「別れの歌」といった趣で聴こえてくることもあり、 この作品が内面的にも非常に深い作品であると感じるようになってきました(これは、ホームページ 当サイト立ち上げ当初から、僕自身の感じ方が変化したからなのかもしれないです。 それから、「別れの曲」というタイトルは ショパン自身が付けたものではなく、ショパンを描写した同名の映画でこの曲が用いられたことに由来するようなので、 やや、「こじつけ」に近いものがありますけどね)。 対する中間部では、右手、左手ともに16分音符を 主体として動きを伴いながら、情熱的な楽句が流れていきます。 特に右手の動きは複雑で、 16分音符の2番目と4番目に、旋律を支える伴奏の役目の和音が付いてきますが、主に右手の4指、5指で作り出される旋律は、 常に伴奏型の和音から浮き出て、 途切れることなく滑らかなレガートを保ったまま演奏する必要があり、色々な意味で高度な技術が要求されます。 全体として、この曲はショパンのノクターン全曲の中でも、非常に手の込んだ作品となっており、 充実した和声と洗練された響きで聴かせる最高の芸術作品となっています。 この作品は、ショパンが作曲した数多くのノクターンの最後を飾る作品でもあります。 ジョン・フィールドの影響を受けた初期のノクターンから始まり、ショパンの独創性が加わって「進化」し、 ここに見事な第一級の芸術作品となって実を結んだ、と言えそうです。 ノクターン第19番ホ短調Op. 72-1 作曲年:1827年 3部形式。 ショパンのノクターン中、一番初めに書かれた作品で、作曲当時ショパンは17歳でした。 普通なら前途に希望を持ち、 満面の笑顔で青春を謳歌する同じ年齢の若者の中にあって、ショパンは何故これほど涙の味のする作品を書かなければならな かったのか。 幾分習作の域を脱していない感はあるものの、一つ間違うと最晩年の作品と見紛うほどの、 深い孤独と哀愁に満ちたホ短調の旋律は、私達に何を語りかけるのか。 実は作曲当時、ショパンは最愛の妹エミリアを 結核で亡くし、心に深い傷跡を残しており、そのような悲しみがこの作品に影を落としていると考えてよいと 思います。 それと同時に弱冠17歳にして、スラブ系特有の情のもろさ、「ものの哀れ」を肌で感じ、音に変えていく手法を 身につけていたという事実にも驚きを感じます。 ショパンの才能が現れた最初期の佳作と呼べると思います。 ノクターン第20番嬰ハ短調 遺作 「レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ」 作曲年:1830年 この曲を作曲した当時、ショパンには、 コンスタンツィア・グラドコフスカという片想いの女性がいましたが、この作品にもそのような一途な片想いに 悩み苦しむショパンの姿が影を落としています。 彼女への恋慕の情、憧憬は、当時の代表作・ピアノ協奏曲第2番 の創作の大きな動機ともなっており、この作品にはそのピアノ協奏曲第2番の第1楽章の変イ長調の第2主題、第2楽章の ピアノの出だしのアルペジオ、第3楽章のクラコヴィアク風の軽快なユニゾンの音型等が、そのままの音型で、 引用されています。 この曲の初版には「姉のルドヴィカが私のピアノ協奏曲第2番の練習の前に弾くために」と 書かれていたようです。 曲については、 同じ音型を繰り返す4小節の序奏の後、嬰ハ短調で悲痛で孤独なモノローグが奏でられますが、この旋律は一瞬にして 聴く人を捕らえます。 とくに15小節目の3連符の下降音型は、静かな叫び声といった趣で聴く人に強く訴え、胸が痛みます。 曲の至るところに、作曲当時のショパンの決して幸せではなかった青春時代、片想いの苦しみといったものが 感じられ、聴くたびに目頭が熱くなる作品です。 この作品が、独立で、全音ピアノピースに載っているのは、こうした甘く悲しい旋律が理屈抜きに聴く人を 感動させる力を持った作品だからだと思います。 ショパンのノクターンの中では、我が国では、第2番、第5番、第8番と並んで 最も親しまれている作品です。 最近は、映画「戦場のピアニスト」の影響でさらに人気が上がりましたね。 この曲は技術的にはそれほど難しい曲ではないと思いますが、再三登場するトリルをきれいに弾くのは 意外に難しいと思います。 また最後の方に登場する不規則連符(特に35連符)をきれいに弾くのも難しいですね。 (MP3プレーヤー(iPodRを含む)、iTunes、Windows Media Player等に対応) ノクターン第21番ハ短調 作曲年:18XX年 1938年になって草稿が発見され出版されたノクターンと言われています。 左手の伴奏音型は終止一定しており、 右手で孤独感、哀愁感漂う旋律を奏でます。 作曲年代については様々な説があるようですが、一体いつ頃の 作品なのでしょうか。 最新の説をご存知の方おりましたら、是非教えて下さい 曲目 名曲度 最高5 体感難易度 最高10 一般的認知度 最高5 ノクターン第1番変ロ短調Op.

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