紫式部 日記。 紫式部日記(むらさきしきぶにっき)とは

5分でわかる『紫式部日記』!内容と構成、清少納言の評価などを簡単に解説!

紫式部 日記

左衛門の内侍というひとがおります。 あやしうすずろによからず思ひけるも、 妙にわけもなく(私のことを)不快に思っていたのですが、 え知り侍らぬ心憂きしりうごとの、おほう聞こえ侍りし。 (それについて)心当たりのない不愉快なかげ口が、たくさん耳に入ってきました。 内裏 うち の上の、源氏物語人に読ませ給ひつつ聞こしめしけるに、 一条天皇が源氏物語を人に読ませなさってはお聞きになっていた時に、 「この人は日本紀をこそ読みたるべけれ。 「この人(=源氏物語の作者)は、日本紀を読んでいるのだろう。 まことに才あるべし。 」とのたまはせけるを、 本当に才能があるようだ」とおっしゃったのを、 ふと推しはかりに、「いみじうなむ才がる。 」と殿上人などに言ひ散らして、 (左衛門の内侍がそれ聞いて)ふと推測して「たいそう才能をひけらかしている。 」と殿上人などに言いふらして、 日本紀の御局とぞつけたりける。 日本紀の御局とあだ名を付けたのでした。 いとをかしくぞ侍る。 たいそうおかしなことです。 このふるさとの女の前にてだにつつみ侍るものを、 私の実家の侍女の前でさえ、(漢籍を読むことは)つつしんでいますのに、 さる所にて、才さかし出で侍らむよ。 そんな所(=宮中)で、学識をひけらかしたりしましょうか。 この式部の丞という人の、童にて書読み侍りし時、聞きならいつつ、 実家の式部丞(=紫式部の弟の惟規)という人が、子どものころに漢籍を読んでいました時、(私はそのそばで)聞き習っていて、 かの人は遅う読みとり、忘るる所も、あやしきまでぞさとく侍りしかば、 式部丞は読み取るのが遅く、忘れたりする部分でも、(私は)不思議なくらいに早く理解しましたので、 書に心入れたる親は、「口惜しう、男にて持たらぬこそ幸なかりけれ。 」 漢籍に熱心だった父親は、「残念なことに、(この子が)男の子でなかったことは幸せがなかったなあ。 」 とぞ、つねに嘆かれ侍りし。 と、いつも嘆かれていました。 それを、「男だに、才がりぬる人はいかにぞや。 それなのに、「男でさえ、学識をひけらかしてしまう人は、どうしてか。 はなやかならずのみ侍るめるよ。 」 出世して栄えることはないだけのようですよ。 」 と、やうやう人のいふも聞きとめてのち、一といふ文字をだに書きわたし侍らず、 と、だんだんと人の言うことを聞きとめてから後は、「一」という文字さえ書いて人に見せませんし、 いと手づつにあさましく侍り。 たいそう不器用で、あきれるほどです。 解説・品詞分解はこちら -.

次の

紫式部日記『日本紀の御局』現代語訳(1)

紫式部 日記

ジャンルでさがす• これから出る本をさがす• フェア• ジャンルでさがす• ジャンルでさがす• 電子洋書• フェア• ジャンルでさがす• 和雑誌• 海外マガジン• これから出る本をさがす• 和雑誌• フェア• 海外マガジン• ジャンルでさがす• DVD• フェア• ジャンルでさがす• フェア• 北海道・東北• 北関東・千葉• 神奈川• 中部・北陸• 中国・四国• ウェブストアに7冊在庫がございます。 (2020年06月15日 02時39分現在) 【重要:納期について】 緊急事態宣言等の影響により、出荷までに7~8日程度かかる場合がございます。 誠におそれいりますが、ご了承のうえご注文をお願い申し上げます。 入手できないこともございます。 内容説明 藤原為時の娘・小姫(後の紫式部)は漢籍に親しむ文学少女。 幼い頃から彼女が書く物語は評判をとっていた。 時の政変により父が失脚、一家の幸せは長く続かなかったが、その後も小姫は物語を書き続け、やがて主の藤原道長から物語の女房となり藤式部と名乗るよう命じられる。 「そなたの物語には宮中での役目がある」。 道長の長女で入内した中宮彰子に仕え、「源氏の物語」を書き継いでいくのだが…。 第11回日経小説大賞受賞作。 著者等紹介 夏山かほる[ナツヤマカオル] 1969年佐賀県生まれ。 福岡女子大学文学部卒、九州大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。 大学非常勤講師などを経て、主婦。 出版社内容情報 あなたは使い捨てられてはなりませぬ。 第11回日経小説大賞受賞!(選考委員:辻原登・髙樹のぶ子・伊集院静) 『源氏物語』を書いた紫式部の一代記。 「紫式部日記」が実在の作品であるだけに、あえて「新」とタイトルにつけフィクションを紡ぎ上げたところに、作者の周到な企みがうかがえる。 本作には最新の源氏物語研究の成果が活かされている。 紫式部の生涯や、『源氏物語』誕生秘話を描いた著作は、専門家によるとそれほど珍しくはない。 しかし、本作は、平安時代においては、物語を書く行為そのものが政治性をおびていたことを明らかにするところが新しい。 「日記文学の傑作、しかも『源氏物語』の作者の日記に新たな日記を捏ち上げ、ぶつけるという、これほどの大胆不敵はない。 パロディならともかく、真正面からオーソドックスに、とはハードルが高過ぎる。 しかし、作者は鮮やかにそのハードルを跳び越え、極上の宮廷物語を物した。 『源氏』を構成の中心に据え、それを下支えする本物の「紫式部日記」、それに被せるように架空の「日記」、そしてもう一つの物語『伊勢物語』を、有機的に、歯車のように? み合わせ、重層的な展開が可能になった。 『源氏物語』そのものが、一層の輝きを放って読者に迫って来るという功徳も齎された」(辻原登氏選評より).

次の

『紫式部日記』でめっちゃ清少納言をディスる紫式部

紫式部 日記

和泉式部という人は、趣深く手紙をやり取りした(人です)。 されど、和泉はけしからぬかたこそあれ。 しかし、和泉式部には感心しない面がある。 うちとけて文はしり書きたるに、そのかたの才ある人、はかない言葉の、にほひも見え 侍 はべ るめり。 気軽に手紙を走り書きした時に、その方面の才能のある人で、ちょっとした言葉の、つやのある美しさも見えるようです。 歌は、いとをかしきこと。 歌は、たいそう興味深いものですよ。 ものおぼえ、歌のことわり、まことの歌よみざまにこそ侍らざめれ、 古歌についての知識や、歌の理論、本物の歌人というふうではないようですが、 口にまかせたることどもに、かならずをかしき一ふしの、目にとまるよみ添へ侍り。 口にまかせて詠んだ歌などに、必ず趣深い一点で、目にとまるものが詠み添えてあります。 それだに、人の詠みたらむ歌難じことわりゐたらむは、 それほど(の歌人)であるのに、他の人が詠んだ歌を非難したり批評したりしているようなのは、 いでやさまで心は得じ、 いやもうそれほどまで(和歌を)心得てはおらず、 口にいと歌も詠まるるなめりとぞ、見えたるすぢには侍るかし。 口をついて実に自然と歌が詠まれるようだと、思われる(和歌の)作風でございますよ。 恥づかしげの歌詠みやとはおぼえ侍らず。 (こちらが)恥ずかしくなるほどのすばらしい歌人だなとは思われません。 (2) 清少納言こそしたり顔にいみじう侍りける人。 清少納言は、得意顔でとても偉そうにしておりました人(です)。 さばかりさかしだち、 真名 まな 書きちらして侍るほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。 あれほど利口ぶって、漢字を書き散らしております(その)程度も、よく見ると、まだたいそう足りないことが多い。 かく、人に異ならむと思ひ好める人は、かならず見劣りし、 このように、人より特別優れていようと思いたがる人は、必ず見劣りし、 行く末うたてのみ侍れば、艶になりぬる人は、 将来は悪くなるだけでございますので、風流ぶるようになってしまった人は、 いとすごうすずろなる折も、もののあはれにすすみ、 ひどくもの寂しくてつまらない時も、しみじみと感動しているようにふるまい、 をかしきことも見すぐさぬほどに、おのづからさるまじくあだなるさまにも侍るべし。 趣のあることも見過ごさないうちに、自然とそうあってはならない誠実でない態度にもなるのでしょう。 そのあだになりぬる人の果て、いかでかはよく侍らむ。 その誠実でなくなってしまった人の最期は、どうしてよいことでありましょうか。 (いや、よくないでしょう。 ) -.

次の