山健組 弘道会。 “寝返り”山健組・中田組長逮捕で神戸山口組は存続危機|日刊ゲンダイDIGITAL

神戸山口組から中核組織・五代目山健組が離脱! 衝撃情報が飛び交う

山健組 弘道会

有力2次団体・と神戸有力2次団体・山健組は、実話誌等において、よく比較される対象です。 両団体の相違点の1つとして、下部団体における「老舗組織」の有無があります。 「老舗組織」の定義を勝手に、太平洋戦争終了時(1945年)以前から、活動していた組織とします。 の下部団体(3次団体)には、老舗組織が複数存在しています。 一方、山健組の下部団体(3次団体)には、老舗組織が存在していません。 と山健組の下部団体を同時期で比較する資料が、山健組分裂前の情報に拠ったものしか現時点ではありません。 山健組分裂前の情報を参考にして、両団体を検証していきます。 と山健組の全ての下部団体の歴史を把握している資料はない為、組織名にある「代目」の数字に着目しました。 一般的に歴史が古い組織ほど、代目の数字は大きくなります。 代目更新(トップ交代)のスピードも組織ごとに異なってきます。 1次団体レベルの話になりますが、1915年結成のの代目は現在「六代目」です。 は102年(1915~2017年)の間に「5回」の代目更新、合田は69年の間に「6回」の代目更新、東組は62年の間に「1回」の代目更新を経験しています。 割合にすると、は20年に1回、合田は12年に1回、東組は62年に1回、の頻度で代目を更新しています。 恣意的にを基準とすると、合田は代目更新の頻度が早く、東組は代目更新の頻度が遅いことがあります。 代目更新の要因は複数あります。 組織内の統制力やトップの人間の健康などが挙げられます。 と山健組の下部団体の話に戻します。 とりあえず「六代目」以上の代目をつけている組織を老舗組織か、老舗組織に近い歴史を有する組織と考えてみることにします。 の10団体は、「十一代目紙谷」「十代目」「十代目」「九代目玉屋」「九代目平野家」「八代目浜長」「八代目浅野会」「六代目水谷」「六代目笹若」「六代目前津」です。 代目の数字が近い、紙谷、、玉屋、平野家の組織は、恐らく1945年以前に結成されたと推測されます。 の代目は現在「三代目」です。 連合会という名前から推測するに、1945年以前から活動していた組織とは考えられません。 よって山健組の下部団体で、1945年以前から活動する老舗組織は存在しないと推測されます。 山健組の代目は現在「四代目」です。 現在(2017年8月)、の下部団体(3次団体)には老舗組織が複数存在して、一方山健組の下部団体(3次団体)には老舗組織が存在しないことが分かりました。 、山健組ともに他団体を吸収し、組織拡張を図ってきました。 両者の差は以下のパターンによって生まれたと考えられます。 は老舗組織の組織名や組織実体を変更させない形で吸収したのに対して、山健組は老舗組織を解体する形で吸収した」という2パターンが考えられます。 両団体の「老舗組織」に対する捉え方の差ともいえます。 は「老舗組織」のブランドを重要視する、山健組は「老舗組織」のブランドを重要視しない傾向が読み取れます。 現在のは、、稲川会、松葉会という関東のヤクザ組織と友好関係にあります。 その関係上、神戸は幸平(2次団体)を除くと稲川会と松葉会とは友好関係にはありません。 関東ヤクザ組織とのつながりの太さは、が神戸に秀でている点の1つです。 「老舗組織」を大事にするの体質が、老舗組織を多く抱える関東のヤクザ組織にとって、好ましく感じられている結果かもしれません。

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弘道会から直参を上げない理由

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神戸にある山健組本部事務所 神戸山口組の中核組織といえば、五代目山口組時代に「山健にあらずんば山口にあらず」とまでいわれた 山健組である。 渡辺芳則・五代目山口組組長や井上邦雄・神戸山口組組長も同組の出身だ。 逆にいえば、それだけの組織が立ち上がり、中心になって六代目体制に反旗を翻したからこそ、2015年に山口組を分裂させ、神戸山口組の発足を可能にしたといえるのではないだろうか。 その山健組に過去、綻びが生じたことがあるとしたら、その2年後、当時、山健組副組長で、神戸山口組においても若頭代行という要職にあった織田絆誠・絆會(旧名・任侠山口組)会長らの離脱ということになるだろう。 その際、山健組からは、織田会長と共に約3分1の直参組長らが離脱、同組内に激震が走ることになった。 しかし、それでも山健組の屋台骨は揺らぐことはなかった。 新たな最高幹部を登用するなどし、体制を強化させてみせたのだ。 そして、2018年まで井上組長が山健組組長も兼任していたが、同組で若頭を務めていた現・五代目山健組の中田浩司組長に跡目を継承し、新体制を発足させたのだ。 だが、昨年、またしても山健組に衝撃が走る。 その中田組長が、神戸市内で起きた弘道会傘下の組員に向けた発砲事件に関与した疑いを持たれ、殺人未遂容疑で逮捕、起訴されたのだ。 中田組長は、現在に至るまで社会不在を余儀なくされている。 そうした状況にある山健組について、数日前から、業界内にはある噂が錯綜していた。 それは「もしかすると、山健組が割れるのではないか」というものであった。 「7月8日のこと。 山健組の、それも保守本流といわれる組織や武闘派として知られる組織などの一部勢力が執行部に不満を持ち、なんらかの動きを見せるのではないかと話題になった。 そして、9日には山健組から重大発表が出されるようだという情報が飛び交ったのだ」(業界関係者) この話は兵庫県警関係者も知るところとなり、事実確認に追われることになった。 また、六代目山口組サイドでも、これに関連する通達が出た組織もあったといわれている。 「山健組では、6月に会合を開いた際、傘下組織から会費の減額要求などが議題になったという話がありました。 今回は、それにおヒレがつくような形で、減額に応じない執行部に反発した傘下組織が離反するようだといった情報が駆けめぐっていったようです」(ヤクザ事情に詳しいジャーナリスト) ただ、こうした噂に対して、その日のうちに山健組サイドから通達が出されたようで、騒ぎは沈静化していくことになる。 「山健組から出されたと見られる通達は『業界内の噂は誤報』というもの。 確かに現在、山健組のトップである中田組長は身柄を拘束されている。 それも分裂抗争に関与していたのではないかという理由だ。 抗争の最前線で最高実力者がカラダを張り、不在となったのだから、残された者たちはより結束力が求められるもの。 その内容は「山健組が割れるのではないようだ。 実際は、山健組が神戸山口組から離脱するようだ」という衝撃的なものだった。 繰り返すことになるが、山健組は神戸山口組の中核だ。 山健組が六代目山口組から離脱したからこそ、神戸山口組が誕生したとさえいえる。 その山健組が神戸山口組を離脱することなど、現実としてあるのだろうか。 だが、その後も「やはり神戸山口組からの離脱はないようだ」「いや、山健組傘下のいくつかの組織は離脱するようだ」などの情報が錯綜し続け、ついに10日、山健組が神戸山口組を離脱したというのだ。 「ただ今後、離脱した山健組から神戸山口組に戻る組織も出てくるのではないか」(業界関係者) 一体、山健組に何が起きているのか。 予断を許さない状況が続いている。 (文=山口組問題特別取材班).

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山健組、神戸山口組の実態がヤバイ…抗争、資金難で崩壊待ったなし│アングラ密報

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有力2次団体・と神戸有力2次団体・山健組は、実話誌等において、よく比較される対象です。 両団体の相違点の1つとして、下部団体における「老舗組織」の有無があります。 「老舗組織」の定義を勝手に、太平洋戦争終了時(1945年)以前から、活動していた組織とします。 の下部団体(3次団体)には、老舗組織が複数存在しています。 一方、山健組の下部団体(3次団体)には、老舗組織が存在していません。 と山健組の下部団体を同時期で比較する資料が、山健組分裂前の情報に拠ったものしか現時点ではありません。 山健組分裂前の情報を参考にして、両団体を検証していきます。 と山健組の全ての下部団体の歴史を把握している資料はない為、組織名にある「代目」の数字に着目しました。 一般的に歴史が古い組織ほど、代目の数字は大きくなります。 代目更新(トップ交代)のスピードも組織ごとに異なってきます。 1次団体レベルの話になりますが、1915年結成のの代目は現在「六代目」です。 は102年(1915~2017年)の間に「5回」の代目更新、合田は69年の間に「6回」の代目更新、東組は62年の間に「1回」の代目更新を経験しています。 割合にすると、は20年に1回、合田は12年に1回、東組は62年に1回、の頻度で代目を更新しています。 恣意的にを基準とすると、合田は代目更新の頻度が早く、東組は代目更新の頻度が遅いことがあります。 代目更新の要因は複数あります。 組織内の統制力やトップの人間の健康などが挙げられます。 と山健組の下部団体の話に戻します。 とりあえず「六代目」以上の代目をつけている組織を老舗組織か、老舗組織に近い歴史を有する組織と考えてみることにします。 の10団体は、「十一代目紙谷」「十代目」「十代目」「九代目玉屋」「九代目平野家」「八代目浜長」「八代目浅野会」「六代目水谷」「六代目笹若」「六代目前津」です。 代目の数字が近い、紙谷、、玉屋、平野家の組織は、恐らく1945年以前に結成されたと推測されます。 の代目は現在「三代目」です。 連合会という名前から推測するに、1945年以前から活動していた組織とは考えられません。 よって山健組の下部団体で、1945年以前から活動する老舗組織は存在しないと推測されます。 山健組の代目は現在「四代目」です。 現在(2017年8月)、の下部団体(3次団体)には老舗組織が複数存在して、一方山健組の下部団体(3次団体)には老舗組織が存在しないことが分かりました。 、山健組ともに他団体を吸収し、組織拡張を図ってきました。 両者の差は以下のパターンによって生まれたと考えられます。 は老舗組織の組織名や組織実体を変更させない形で吸収したのに対して、山健組は老舗組織を解体する形で吸収した」という2パターンが考えられます。 両団体の「老舗組織」に対する捉え方の差ともいえます。 は「老舗組織」のブランドを重要視する、山健組は「老舗組織」のブランドを重要視しない傾向が読み取れます。 現在のは、、稲川会、松葉会という関東のヤクザ組織と友好関係にあります。 その関係上、神戸は幸平(2次団体)を除くと稲川会と松葉会とは友好関係にはありません。 関東ヤクザ組織とのつながりの太さは、が神戸に秀でている点の1つです。 「老舗組織」を大事にするの体質が、老舗組織を多く抱える関東のヤクザ組織にとって、好ましく感じられている結果かもしれません。

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