精神0 想田和弘。 想田監督の新作「精神0」

想田和弘監督『精神0』を“仮設の映画館”でデジタル配信 劇場での鑑賞と同様に収入を分配 /2020年4月8日 1ページ目

精神0 想田和弘

映画『精神0』より(C)2020 Laboratory X, Inc 身のまわりに在るものを見て、聞いてこそ 映画『精神0』をめぐる詩人と監督の「文通」 新型コロナウイルス感染拡大の中、初顔合わせのお二人の対談のツールはメール。 「詩」の書き手である伊藤比呂美さんから「観察映画」の作り手である想田和弘さんへの問いかけから始まる「文通」の中で、フィールドは違っても重なりあうお二人の視線に映画『精神0』のテーマが照らし出されます。 最初のうち、(前作の『精神』で)見知った顔も出てきて、「なんでやめるんだ」「中途はんぱで放りだしていくのか」的な(山本昌知医師への)繰り言を延々と聞きながら、ずっと見なくちゃいけないのか、どこまでつづくのかと嘆息していたら、急に大展開して、怒濤の結末へ。 ずっと聞こえ続ける山本医師の息づかい、たえまなくささやき続けるその妻のか細い声。 お墓に、ベタベタと箸で置かれる、あんころもちが五つ、六つ。 こんなところへつながっていくとは思いませんでした! 最初のうちは長回しで長いと思っていたのが、墓参りのシーンは何回見たことか。 僕は「観察映画」を作る際に自分自身に10のルール「観察映画の十戒」(本誌2019年10月18日号参照)を課していますが、その9番目が、まさに「長回し」についてです。 9 観客が十分に映像や音を観察できるよう、カットは長めに編集し、余白を残す。 その場に居合わせたかのような臨場感や、時間の流れを大切にする。 なぜこのようなルールを掲げているかといえば、僕はドキュメンタリー映画は「作り手の体験を観客と共有する装置」であると考えているからです。 そういう意味では、報道よりも小説や詩に近いかもしれません。 そんなーという思いと、そうかもーという思いがせめぎあっています。 でも「あんなに長い間、他人のだだ漏れの愚痴を聞かせる」に相当するものは詩や小説では、ないと書きかけましたがあるかも。 書き込んでいきますね、読み手のことなんか考えず。 でも観客ほど読者はいないから、共有の意識も希薄なのかも。 詩や小説の場合には、虚構の要素が混じるわけですが、作品を書こうとした伊藤さんの内的体験そのものに「まこと」がなければ、読者の心を動かすことなど難しいと思うのです。 妊娠・出産・子育ての体験を、「これでもか」というくらいに詳細に容赦なく記述された『良いおっぱい 悪いおっぱい』などは、「これ、観察映画の文章版だなあ」などと思いながら読ませていただきました。 登場人物の行為の一つひとつを虫眼鏡で見るかのごとく息を詰めて観察していると、だんだんと広い世界を眺めたいという気になるものです。 また、登場人物たちをより広い文脈に置いてみたいという欲求も出てきます。 実際に風景を撮っていると、自分の視点がそれまでの撮影に影響を受けていることにも気づかされます。 中学生の男女が嬉し恥ずかしで下校している様子を撮りながら、同級生だという山本ご夫妻の出会いの頃を想像してしまったり。 おそらくは高齢で病気を抱えているであろうに、ひょうひょうと生きている野良猫さまのゆっくりとした歩みに、ご夫妻を重ねてしまったり。 ミクロとマクロの視点を往復しながら、撮影を進めていくことが多いです。 冒頭のお城や観光客も、もしかしたら山本夫妻? ミクロ、マクロという考え方。 言われてみると、たしかにそのようにも見えてきますねえ。 そのように観る側が自由にイメージを膨らませてくださると、映画が豊かになるように思います。 特に 7 「編集作業でも、予めテーマを設定しない」。 これはむずかしいですね。 編集作業って、われわれでいうところの推敲かと思っていて、 それならば、もう、しまくるんですよ。 詩や小説はそのあたりはほんとうに作為だらけ、こね回しこね回しこね回し、 その場にいちばん合うことばを探していく。 …てことは推敲のない世界なんでしょうか。 すごすぎます。 それが行き着きたかったところです。 そして僕の場合、テーマこそあらかじめ決めませんが、「自分の体験の記憶」と「映画」がしっくりと重なり合うように感じられるまで、推敲は何度も繰り返します。 『精神0』では第10編(稿)くらいまでやり直しました。 これはドキュメンタリー映画としては、とても少ない部類で、2時間の映画なら100時間くらい撮る作家が多いようです。 そうは言っても、35時間は捨てるわけですから、凄まじい選別にかけているとも言えます。 編集作業は、まずは素材を書き起こしながら全部観て、改めて観察することから始まります。 その上で『精神0』の場合は、山本ご夫妻がお墓参りをする場面から編集を始めました。 撮影しているときから、あの場面にはお二人の人生や「生きる」ということが凝縮されているような気がしていましたし、きっと映画のラストになるだろうと予感していました。 ただし、僕がそう感じたのは、診察室やご自宅などで様々な場面を目撃し立ち会ってきているからです。 お墓参りの場面だけを抜き出したとしても、観客は「老夫婦がお墓参りをされているな、足元が危ないな」という程度の感想しか抱かないでしょう。 したがって編集上の目標は、観客の皆さんが僕と同様、お墓参りに何らかの特別な意味や感慨を感じていただけるよう、文脈を作り上げていくことになります。 そのために場面を足したり、引いたり、順番を入れ替えたりと、文章の推敲と同じような作業を繰り返します。 するとだんだんと伊藤さんのお言葉をお借りすれば「向こうから来る」ので不思議なものです。 そういうものなんですよね。 無数に存在する言葉の中から厳選して組み合わせて初めて、伊藤さんのあの濃密な文章ができ上がっていくわけですね。 山本医師のとなえていたお経に誘発されて。 ことばなんて、自分だけの言葉もあるけど、他人から古人から空気からいっぱい「お借り」してるわけですものねー。 一つの言葉の中にも歴史が詰め込まれていて、その言葉を発するたびに、私たちは無意識にせよ過去とつながることができるのだと思います。 それとは少し構造は異なりますが、映像、特にドキュメンタリーも、すべて他人から「お借り」したものでできています。 『精神0』は、山本先生や(妻の)芳子さん、患者さん、猫たちの姿や風景、建物などをお借りして作らせていただいたものです。 僕は「ドキュメンタリーは借景である」とも申し上げていますが、いわば遠くに望む富士山を庭の一部にしてしまうように、現実をフレームで区切ることによって作品にしてしまう。 そういう意味では「自分の作品です」と言って著作権を主張することが申し訳ないくらいです。 映画は1895年、フランスのリュミエール兄弟が『工場の出口』『列車の到着』といった作品をパリで上映した瞬間に誕生しました。 それらは、工場から出てくる労働者や、駅に到着する汽車を固定カメラでそれぞれ約50秒間映し出しただけの、極めて素朴なものでしたが、手前に迫ってくる汽車を観客たちが思わずよけたという逸話も残されているぐらい、人々を興奮させました。 映画の誕生は「ドキュメンタリー」だったのです。 僕は観察映画を撮る際に、いつもそのことを思い出すようにしています。 映画を撮っていると、ついつい「もっと過激なものを」「もっと特別なものを」などと自分の欲に振り回されそうになるのですが、目の前の現実を素直に描くことができさえすれば、見応えのある映画は作れるのだということを、リュミエール兄弟は教えてくれています。 サンディエゴのUCSD(米カリフォルニア大学サンディエゴ校)で映画を教えている日本人の友人から。 『工場の出口』『列車の到着』の二つの始まり。 「出ていく(くる)瞬間、入ってくる(いく)瞬間」が「映画」の始まりということでしょうか。 出ていく、出てくる、入ってくる、入っていく瞬間は幾重にも『精神0』の中にも描かれていますね。 「出ていく(くる)瞬間、入ってくる(いく)瞬間」の映画から始まって、 どうやってある種のものはドキュメンタリー以外の映画になっていったんでしょう。 そしてどうして想田さんはそっちを選ばなかったのか…? フィクションの力って大きいと思うんですが。 僕も実は映画を志した当初はフィクションにしか興味はありませんでした。 なんでドキュメンタリーを撮り始めたのかといえば、完全にアクシデントです。 最初はまったく乗り気ではなかったのですが、作ってみたらハマってしまったわけです。 こんなにワイルドな表現領域があったのかと、最初は驚き呆れたものです。 だって俳優でもない一般の人にカメラを向けて、ストーリーを作り上げてしまうわけですから! 同時に、フィクション映画はものすごく努力しないと作れないのに、ドキュメンタリーだとなぜかすらすらと作れてしまう自分にも驚きました。 きっと自分の性格や資質が、ドキュメンタリーに合っていたのだと思います。 わたしもまったくそうです。 いわゆる(かるく読める、日々の、だらだらとした、ストーリーのない、ワタシの視点でしかものを見てない…)「エッセイ」のふりをして書いてますと、ふっとどこかに飛べる。 それがフィクションの力で、言葉の力、あるいはその二本立てですよね。 小説って初めからそこに飛ぶ気まんまんでやってる芸なんでしょうが、それがときに重たく…自分の身のまわりの在るもの、見たもの、聞いたものに反応していくうちに、フィクションの力も、言葉の力もみなぎってくるというか。 『精神0』の最後にもみなぎっていましたね。 老夫婦の歩く姿は、もう山本さんでも芳子さんでもなんでもなく、なんといえばいいのか、人と人がいっしょに生きるという姿をどんな人でもどんな歩き方でもありうるかたちで、あらわしたものだと思うんですよ。 フィクションもまったくの絵空事であれば読者がリアリティなど感じるわけがない。 出発点には「自分の身のまわりの在るもの、見たもの、聞いたもの」があるはずだと思います。 逆に言うと、それがないフィクションは空虚にならざるをえない。 僕がドキュメンタリー作りで目指しているのも、現実を丹念に描くという作業を積み重ねることで、「ふっとどこかに飛ぶ」ことです。 それは目の前の具体的な人間や状況を超越して、「人間とはたしかにこういうものだ」「たしかに私には世界がこう見えている」という抽象的な領域です。 究極的には、それがドキュメンタリーであろうがフィクションであろうが、どうでもよくなってしまう領域に跳躍したいわけです。 だから伊藤さんが『精神0』のラストでそのように感じてくださったのだとすれば、それは本当に嬉しいです。 (想田).

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想田和弘監督『精神0』5月公開&ベルリン国際映画祭に 仲代達矢コメントも

精神0 想田和弘

映画『精神0』より(C)2020 Laboratory X, Inc 身のまわりに在るものを見て、聞いてこそ 映画『精神0』をめぐる詩人と監督の「文通」 新型コロナウイルス感染拡大の中、初顔合わせのお二人の対談のツールはメール。 「詩」の書き手である伊藤比呂美さんから「観察映画」の作り手である想田和弘さんへの問いかけから始まる「文通」の中で、フィールドは違っても重なりあうお二人の視線に映画『精神0』のテーマが照らし出されます。 最初のうち、(前作の『精神』で)見知った顔も出てきて、「なんでやめるんだ」「中途はんぱで放りだしていくのか」的な(山本昌知医師への)繰り言を延々と聞きながら、ずっと見なくちゃいけないのか、どこまでつづくのかと嘆息していたら、急に大展開して、怒濤の結末へ。 ずっと聞こえ続ける山本医師の息づかい、たえまなくささやき続けるその妻のか細い声。 お墓に、ベタベタと箸で置かれる、あんころもちが五つ、六つ。 こんなところへつながっていくとは思いませんでした! 最初のうちは長回しで長いと思っていたのが、墓参りのシーンは何回見たことか。 僕は「観察映画」を作る際に自分自身に10のルール「観察映画の十戒」(本誌2019年10月18日号参照)を課していますが、その9番目が、まさに「長回し」についてです。 9 観客が十分に映像や音を観察できるよう、カットは長めに編集し、余白を残す。 その場に居合わせたかのような臨場感や、時間の流れを大切にする。 なぜこのようなルールを掲げているかといえば、僕はドキュメンタリー映画は「作り手の体験を観客と共有する装置」であると考えているからです。 そういう意味では、報道よりも小説や詩に近いかもしれません。 そんなーという思いと、そうかもーという思いがせめぎあっています。 でも「あんなに長い間、他人のだだ漏れの愚痴を聞かせる」に相当するものは詩や小説では、ないと書きかけましたがあるかも。 書き込んでいきますね、読み手のことなんか考えず。 でも観客ほど読者はいないから、共有の意識も希薄なのかも。 詩や小説の場合には、虚構の要素が混じるわけですが、作品を書こうとした伊藤さんの内的体験そのものに「まこと」がなければ、読者の心を動かすことなど難しいと思うのです。 妊娠・出産・子育ての体験を、「これでもか」というくらいに詳細に容赦なく記述された『良いおっぱい 悪いおっぱい』などは、「これ、観察映画の文章版だなあ」などと思いながら読ませていただきました。 登場人物の行為の一つひとつを虫眼鏡で見るかのごとく息を詰めて観察していると、だんだんと広い世界を眺めたいという気になるものです。 また、登場人物たちをより広い文脈に置いてみたいという欲求も出てきます。 実際に風景を撮っていると、自分の視点がそれまでの撮影に影響を受けていることにも気づかされます。 中学生の男女が嬉し恥ずかしで下校している様子を撮りながら、同級生だという山本ご夫妻の出会いの頃を想像してしまったり。 おそらくは高齢で病気を抱えているであろうに、ひょうひょうと生きている野良猫さまのゆっくりとした歩みに、ご夫妻を重ねてしまったり。 ミクロとマクロの視点を往復しながら、撮影を進めていくことが多いです。 冒頭のお城や観光客も、もしかしたら山本夫妻? ミクロ、マクロという考え方。 言われてみると、たしかにそのようにも見えてきますねえ。 そのように観る側が自由にイメージを膨らませてくださると、映画が豊かになるように思います。 特に 7 「編集作業でも、予めテーマを設定しない」。 これはむずかしいですね。 編集作業って、われわれでいうところの推敲かと思っていて、 それならば、もう、しまくるんですよ。 詩や小説はそのあたりはほんとうに作為だらけ、こね回しこね回しこね回し、 その場にいちばん合うことばを探していく。 …てことは推敲のない世界なんでしょうか。 すごすぎます。 それが行き着きたかったところです。 そして僕の場合、テーマこそあらかじめ決めませんが、「自分の体験の記憶」と「映画」がしっくりと重なり合うように感じられるまで、推敲は何度も繰り返します。 『精神0』では第10編(稿)くらいまでやり直しました。 これはドキュメンタリー映画としては、とても少ない部類で、2時間の映画なら100時間くらい撮る作家が多いようです。 そうは言っても、35時間は捨てるわけですから、凄まじい選別にかけているとも言えます。 編集作業は、まずは素材を書き起こしながら全部観て、改めて観察することから始まります。 その上で『精神0』の場合は、山本ご夫妻がお墓参りをする場面から編集を始めました。 撮影しているときから、あの場面にはお二人の人生や「生きる」ということが凝縮されているような気がしていましたし、きっと映画のラストになるだろうと予感していました。 ただし、僕がそう感じたのは、診察室やご自宅などで様々な場面を目撃し立ち会ってきているからです。 お墓参りの場面だけを抜き出したとしても、観客は「老夫婦がお墓参りをされているな、足元が危ないな」という程度の感想しか抱かないでしょう。 したがって編集上の目標は、観客の皆さんが僕と同様、お墓参りに何らかの特別な意味や感慨を感じていただけるよう、文脈を作り上げていくことになります。 そのために場面を足したり、引いたり、順番を入れ替えたりと、文章の推敲と同じような作業を繰り返します。 するとだんだんと伊藤さんのお言葉をお借りすれば「向こうから来る」ので不思議なものです。 そういうものなんですよね。 無数に存在する言葉の中から厳選して組み合わせて初めて、伊藤さんのあの濃密な文章ができ上がっていくわけですね。 山本医師のとなえていたお経に誘発されて。 ことばなんて、自分だけの言葉もあるけど、他人から古人から空気からいっぱい「お借り」してるわけですものねー。 一つの言葉の中にも歴史が詰め込まれていて、その言葉を発するたびに、私たちは無意識にせよ過去とつながることができるのだと思います。 それとは少し構造は異なりますが、映像、特にドキュメンタリーも、すべて他人から「お借り」したものでできています。 『精神0』は、山本先生や(妻の)芳子さん、患者さん、猫たちの姿や風景、建物などをお借りして作らせていただいたものです。 僕は「ドキュメンタリーは借景である」とも申し上げていますが、いわば遠くに望む富士山を庭の一部にしてしまうように、現実をフレームで区切ることによって作品にしてしまう。 そういう意味では「自分の作品です」と言って著作権を主張することが申し訳ないくらいです。 映画は1895年、フランスのリュミエール兄弟が『工場の出口』『列車の到着』といった作品をパリで上映した瞬間に誕生しました。 それらは、工場から出てくる労働者や、駅に到着する汽車を固定カメラでそれぞれ約50秒間映し出しただけの、極めて素朴なものでしたが、手前に迫ってくる汽車を観客たちが思わずよけたという逸話も残されているぐらい、人々を興奮させました。 映画の誕生は「ドキュメンタリー」だったのです。 僕は観察映画を撮る際に、いつもそのことを思い出すようにしています。 映画を撮っていると、ついつい「もっと過激なものを」「もっと特別なものを」などと自分の欲に振り回されそうになるのですが、目の前の現実を素直に描くことができさえすれば、見応えのある映画は作れるのだということを、リュミエール兄弟は教えてくれています。 サンディエゴのUCSD(米カリフォルニア大学サンディエゴ校)で映画を教えている日本人の友人から。 『工場の出口』『列車の到着』の二つの始まり。 「出ていく(くる)瞬間、入ってくる(いく)瞬間」が「映画」の始まりということでしょうか。 出ていく、出てくる、入ってくる、入っていく瞬間は幾重にも『精神0』の中にも描かれていますね。 「出ていく(くる)瞬間、入ってくる(いく)瞬間」の映画から始まって、 どうやってある種のものはドキュメンタリー以外の映画になっていったんでしょう。 そしてどうして想田さんはそっちを選ばなかったのか…? フィクションの力って大きいと思うんですが。 僕も実は映画を志した当初はフィクションにしか興味はありませんでした。 なんでドキュメンタリーを撮り始めたのかといえば、完全にアクシデントです。 最初はまったく乗り気ではなかったのですが、作ってみたらハマってしまったわけです。 こんなにワイルドな表現領域があったのかと、最初は驚き呆れたものです。 だって俳優でもない一般の人にカメラを向けて、ストーリーを作り上げてしまうわけですから! 同時に、フィクション映画はものすごく努力しないと作れないのに、ドキュメンタリーだとなぜかすらすらと作れてしまう自分にも驚きました。 きっと自分の性格や資質が、ドキュメンタリーに合っていたのだと思います。 わたしもまったくそうです。 いわゆる(かるく読める、日々の、だらだらとした、ストーリーのない、ワタシの視点でしかものを見てない…)「エッセイ」のふりをして書いてますと、ふっとどこかに飛べる。 それがフィクションの力で、言葉の力、あるいはその二本立てですよね。 小説って初めからそこに飛ぶ気まんまんでやってる芸なんでしょうが、それがときに重たく…自分の身のまわりの在るもの、見たもの、聞いたものに反応していくうちに、フィクションの力も、言葉の力もみなぎってくるというか。 『精神0』の最後にもみなぎっていましたね。 老夫婦の歩く姿は、もう山本さんでも芳子さんでもなんでもなく、なんといえばいいのか、人と人がいっしょに生きるという姿をどんな人でもどんな歩き方でもありうるかたちで、あらわしたものだと思うんですよ。 フィクションもまったくの絵空事であれば読者がリアリティなど感じるわけがない。 出発点には「自分の身のまわりの在るもの、見たもの、聞いたもの」があるはずだと思います。 逆に言うと、それがないフィクションは空虚にならざるをえない。 僕がドキュメンタリー作りで目指しているのも、現実を丹念に描くという作業を積み重ねることで、「ふっとどこかに飛ぶ」ことです。 それは目の前の具体的な人間や状況を超越して、「人間とはたしかにこういうものだ」「たしかに私には世界がこう見えている」という抽象的な領域です。 究極的には、それがドキュメンタリーであろうがフィクションであろうが、どうでもよくなってしまう領域に跳躍したいわけです。 だから伊藤さんが『精神0』のラストでそのように感じてくださったのだとすれば、それは本当に嬉しいです。 (想田).

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想田和弘

精神0 想田和弘

岡山市の精神科診療所「こらーる岡山」(2016年閉院)を舞台としたドキュメンタリー映画「精神」(08年)で海外の映画賞を多く受賞した想田和弘監督(49)=米ニューヨーク在住=の新作「精神0」(128分)が完成した。 こらーるの所長を務めてきた医師が第一線を退き、ケアが必要となった妻と寄り添って暮らす日々を追った作品。 20日に開幕するベルリン国際映画祭で招待作品として上映される。 想田監督は妻でプロデューサーの柏木規与子さんが岡山市出身で、介護事業を担う義父母らを通じて平和や共存の意味を問うた「PEACE」(10年)、いずれも瀬戸内市が舞台の「牡蠣(かき)工場」(15年)、「港町」(18年)などを制作。 「精神」は、偏見で語られがちな精神科患者の人柄や思いをありのまま映し出し、韓国・釜山、アラブ首長国連邦・ドバイの両国際映画祭の最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞した。 「精神0」は、こらーるを閉じた後、非常勤で診察を続けてきた別の診療所を辞めることになった山本昌知医師(83)と妻芳子さん(84)を18年に撮影。 昼夜を問わない往診などで地域の患者を支えてきた山本医師が、芳子さんの歩みに合わせて暮らす様子を中心にカメラを回し、老いや共に生きることの意味などを問う内容という。 「精神0」はベルリンやニューヨークなど海外の映画祭で上映された後、5月から日本で順次公開、県内でもシネマ・クレール丸の内(岡山市北区丸の内)で上映される予定。 想田監督は、ナレーションやテロップなどの説明を一切入れずに描く「観察映画」で知られており、「精神0」も同様の手法で制作した。 想田監督は「今回は『夫婦の純愛』が大きなテーマとなった。 映画を見た方が何を感じてくれるか楽しみ」と話している。

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