血潮 血汐 違い。 俵万智チョコレート語訳

田舎の中心で何かを叫ぶ: 2017年4月

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もみじとは、秋になると鮮やかに紅葉する楓の総称の事です。 紅葉するかえでは何種類かあります。 その中でもみじと呼ばれるのは、1枚の葉っぱが6~7箇所に分かれた葉でできています。 5~6箇所の切れ込みが入った葉は、子供の手のような形をしています。 もみじと楓の区別がつかない人も多いようですが、もみじと楓は葉っぱの形状が違います。 色とりどりに美しく変化するもみじは、シーズンになるとたくさんの人々を感動させてくれます。 そんなもみじにスポットを当て、もみじについて詳しくご紹介します。 楓 楓とはカエデ科のカエデ属の植物で、もみじもこれに属します。 従って、カエデともみじは植物分類としては区別されません。 カエデの形がはっきりしない人は、カナダの国旗を思い浮かべてみてください。 国旗の中央に描かれているのがカエデです。 カエデはmapleと呼ばれて親しまれています。 サトウカエデなどの樹液で作られた甘味料、メープルシロップはカナダでは特に有名です。 カエデは世界各国にありますが、カエデの中でも、もみじと呼ばれている植物のほとんどが日本にあります。 中国や朝鮮半島にも自生のもみじが数種類ありますが、その種類は日本ほどには及びません。 近年では改良や交配された種類のもみじも数多く出回るようになりました。 秋だけに限らず新芽に色づくもみじもあり、赤や黄色、白、紫、ピンクなど葉色も多岐にわたります。 もみじの株は大きく成長しますが、庭木として育てるなら、剪定の仕方で小さな樹形のまま楽しめます。 庭木として育てる 家の庭でもみじを育て、秋に紅葉を見る事ができたら楽しみが増えます。 もみじは大木の印象がありますが、家の庭木としても人気がある植物です。 中でも人気があるのが「やまもみじ」で、夏は爽やかなグリーンが涼しげな印象を与えてくれます。 秋と共に紅葉するので季節を感じる事もでき、もみじを観る楽しみが増えます。 もみじは日本庭園などに多いイメージがあるので、もみじと言えば和というイメージが強いですが、洋風の庭にもマッチする品種もあります。 西洋カエデであるアメリカハナノキの中のレッドサンセットという品種が特におすすめです。 レッドサンセットは、赤カエデや紅カエデと呼ばれ、名前の通り真っ赤なカエデです。 樹勢が強く良く育ってくれるので庭木としても安心して育てる事ができます。 紅葉の条件 きれいに紅葉するには4つの条件が揃う必要があります。 これらの条件が揃う事で、もみじの発色が良くなり紅葉します。 庭木のもみじは、湿度や気温差の条件がなかなか整わないため、山間部に比べると色づきが悪いのは仕方ありませんが、やまもみじ系の種類は平野部でも比較的色づきやすいため、日射や水やりなどに気を付けて管理をすれば大丈夫でしょう。 紅葉しない場合 せっかく紅葉を楽しみに庭木として育てているもみじが、紅葉しない場合があります。 考えられる原因としては、もみじを植えている場所の日射の影響です。 家の西側で育てている場合、西日が差し込みますが、午後からの日差しというのは葉っぱに大きなダメージを与えてしまいます。 もしも西側で育てている場合は、東側に植え替え、午前中に日が当たるようにしましょう。 また、肥料などの与えすぎは色づきを悪化させる原因になりますので、ほとんど与えなくていいでしょう。 水やりは乾燥がひどい場合にだけたっぷり与えるようにします。 ただし、夏場は気温が下がり始める夕方か夜に水を与えるようにします。 夏の昼間の水やりは、ダメージを受けやすいので気を付けましょう。 もみじの種類と育て方 たくさん種類のあるもみじの中から、自宅の庭に植えて育てる場合どの種類のもみじが適しているのかわかりません。 ここでは、紅葉が楽しめて且つ育てやすい種類のおすすめのもみじについてご紹介します。 ヒカサヤマとサンゴカクがおすすめ ヒカサヤマは、芽吹きから秋の紅葉まで葉色が変わるのが特徴です。 そのため、秋だけでなく季節ごとに葉っぱの色の変化が楽しめます。 芽出しは紅とクリーム色がかかった色で、夏はグリーン、秋には赤黄色から紅色、赤紫色へと徐々に変化しますのでとても楽しめます。 ヒカサヤマの樹高は3~5mほどになります。 サンゴカクは、新緑時は黄緑色の葉の縁にうっすらと淡い紅色が掛かる点が特徴的で、真っ赤な幹が目を引きます。 葉が落ちた後の真っ赤な枝は、冬枯れの庭にも映えるので人気があります。 和風の庭以外でも違和感なく溶け込みますので、洋風の庭にもおすすめです。 サンゴカクの樹高は3~4mほどです。 育て方 もみじに適した日当たりは、日向か半日陰が適しています。 鉢植えの場合の土は、赤玉土と腐葉土を混ぜ使用します。 庭植えの場合は、根付いてからの水やりは行う必要はありません。 鉢植えの場合は、夏場以外は表面が乾いた時だけたっぷりの水をやりましょう。 鉢植えの場合、夏場は毎日の水やりが必要になります。 肥料に関しては、2月に有機肥料を施します。 根元から少し離れた所に穴を掘り、肥料を施します。 早く成長させたい場合は、成長期の春と秋にも追肥をおすすめします。 色別人気のもみじの種類 もみじには、紅葉の他に新緑が美しい種類のもみじもあります。 葉っぱの色も何種類かあり、芽吹き時から楽しむ事もできますので、秋だけでなく1年を通して楽しむ事ができるのも、もみじの人気の秘密です。 特徴的な赤色 そもそももみじの色が赤く染まるのは、アントシアニンという色素によるものです。 緑色の色素である葉緑素は、秋になるにつれ日照時間が短くなるなどの理由から栄養素が十分に行き渡らず壊れてしまいます。 光合成により葉っぱで作られる糖分と、この壊れた葉緑素が結び付き、赤色の色素であるアントシアニンが生成されます。 このように秋に色鮮やかな赤色に変わるもみじを紅葉と言いますが、他にも色素の種類によって、黄色に変わる種類は黄葉、褐色に変化するものは褐葉とそれぞれ呼称があります。 しかしながらもみじの色の種類の判別が難しいので、総称として紅葉と言われ親しまれています。 もみじは不思議な植物で、同じ樹からなる葉っぱでも別の色に変化する事があるのですが、その理由はわかっていません。 新緑が美しい春もみじ 新芽が美しいもみじの中にチシオもみじがあります。 チシオもみじは春もみじと言われる種類で、新芽は花が咲いているかのように鮮やかな赤色をしています。 葉っぱの色は夏に向かって徐々に緑色に変化し、秋には橙色から黄色に変わります。 春もみじにはアカネという種類のもみじもあります。 芽吹きは茜色で、葉色は橙色系に変化し、黄色から黄緑色に変わります。 斑入りもみじ 変わった種類のもみじでは、斑入り品種のベニシチヘンゲというもみじがあります。 開葉期の葉のピンク色の縁取りが特徴的で、夏にかけて徐々に色合いが淡く変化します。 少し変わった色合いの葉を持つのがノムラモミジです。 紫葉を代表する品種と言われています。 新芽の赤から赤茶に変化し、基調の赤紫に変わります。 環境の変化によって、夏場に赤みを帯びたグリーンになる場合があると言われています。 このノムラモミジは、とても落ち着いた雰囲気のもみじで、古くから庭木として人気があります。 場所別もみじの人気の種類 もみじの種類は約160種類あると言われています。 日本で自生しているもみじは約20~30種類ですが、日本は紅葉の美しさが有名で、紅葉の季節になると、紅葉を楽しむ外国人観光客の姿が多く見られます。 そこで、日本に分布する代表的な3種類のもみじを場所別にご紹介しましょう。 代表的なもみじ 冒頭でも述べているように、日本に分布する代表的な3種類のもみじは、「いろはもみじ」、「やまもみじ」、「おおもみじ」に分類され、それぞれ分布地が異なります。 いろはもみじは、本州北部以外の太平洋側と九州地方が主な分布地です。 やまもみじは、青森県から福井県に至る日本海側に自生し、おおもみじは、北海道を含む本州の太平洋側と九州となっています。 日本に自生する代表的なもみじは主にこれら3種類のみですが、これらの3種類からヤマモミジ系の品種のもみじやイロハモミジ系の品種など、秋の野山を多くのもみじが美しく彩っています。 京都の人気紅葉スポット 歴史ある京都には美しい紅葉スポットがたくさんあります。 寺社仏閣に映える紅葉は、別格の美しさがあると言っても過言ではありません。 しかしながら、京都にはたくさんの寺社仏閣と紅葉スポットがたくさんあり、短期間で紅葉巡りをするにはどこに行けば良いのかと迷いが生じます。 そこで、特におすすめの紅葉名所を選んでご紹介しましょう。 京都亀岡・神蔵寺 亀岡市にある神蔵寺は、創建1200年の歴史を誇り、本尊である薬師如来像は最澄が自作したと言われる由緒ある寺院です。 この神蔵寺は観光ガイドブックにはほとんど掲載される事のない寺院で、紅葉の穴場的スポットとされています。 地元では名の知れた紅葉名所でしたが、あまりにも紅葉が見事なので徐々に訪れる人の数が多くなっています。

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カエデ(モミジ)の育て方

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俵万智(たわらまち)(歌人) 古い言葉で書かれた短歌を、現代の三十一文字に訳す、 という試みは、実は『みだれ髪』が初めてではない。 そのアイデアが浮かんだのは約九年前。『少年少女古典文学館』という 子ども向けのシリーズで、『伊勢物語』の現代語訳を依頼されたときだった。 高校で四年間、国語を教えていた。 古典の授業では、黒板を上下に分け、上に原文、下に現代語訳を書くというスタイルをとっていた 『源氏物語』にしても『伊勢物語』にしても、短歌が出てくると、その現代語訳がとても長くなる。 原文はたった一行なのに、訳はその何倍にもなる。 それだけ、古典和歌の言葉の密度が高いということなのだが、 それにしても、なにか不自然だなと思った。 おまけに、現代語訳された短歌というのは、悲しいけれど味けない。 理屈っぽくて、くどくどしていて、現代の日本語としても、なんだか変なところがある。 これらは、試験の答案を書く際に「私は、<反語>や<詠嘆>を理解して訳しています」というサインとしては、 有効なのだけれど。 『伊勢物語』は、短歌と地の文からなる「歌物語」である。 短い恋のストーリーの、ここぞという場面で、短歌が登場する。 かなめであり、オチでもあるのが短歌なのだ。 この味わいは、散文ではとても出せない。 こんなふうに訳してみた。 月やあらぬ春やむかしの春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして おなじ月おなじ春ではなくなっておなじ心の我だけがいる あらたまの年の三年(みとせ)をまちわびてただ今宵こそ新枕(にいまくら)すれ 三年を君にささげてまちわびて今夜打たれるはずのピリオド 「あなたにしかできない現代語訳ね。 高校の教師を辞めて、はじめての大きな仕事だった。 『伊勢物語』の訳を読んだ編集者から、 「次にまたなにか、やってみませんか」と言われて、心に浮かんだのが『 みだれ髪』だ。 どう訳すればいいのか。 千年を越える短歌の歴史からいえば、『みだれ髪』は、そんなに昔のものではない。 が、その歌集でさえ、今の若者からはずいぶん遠い存在になっている。 何をかくそう私自身が、二十歳のころ手にとって、「ええっ」と思った記憶がある。 解説や注釈なしでは、半分も意味がわからない。 けっこうショックを受けた。 はじめは、おそるおそるという感じで訳しはじめた。 その頃のシステム手帳を見ると、「まず可能性を……三首ぐらいやってみる」と書いてある。 『伊勢物語』の場合は、地の文があるので、訳でこぼれた意味は、そこで補うことができた。 が、『みだれ髪』はそうはいかない。 晶子の三十一文字を、自分の三十一文字へ。 一対一の勝負である。 一首一首を詠んだ晶子の気持ちをさかのぼり、そこを起点として、 新たな一首を自分自身が詠む、という感じで試みた。 歌集を開いて六首目に、有名な次の歌がある。 その子二十(はたち)櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな 字余りの大胆な初句。 ここでグッと読者の心をつかみ、その後は対照的に流麗な調べで、一気に結句へとなだれてゆく。 三つの「の」が、そのなめらかさの秘密だ。 たっぷりとした黒髪が、人生の春を謳歌する若い女性の美しさを象徴している。 何の過不足もない、素晴らしい歌だ。 若いころから暗唱している一首でもあるので、これをどう訳すればいいのか、 いや、そもそも訳す必要なんてあるのか、と悩んだ。 この歌に近いところをぐるぐる回っていては、結局からめとられてしまう。 推敲しているうちに、元の歌に戻ってしまったりした。 落ちついて課題を整理すると、次のようになる。 二十歳の女性の、若さと美しさを、その長い黒髪で象徴する。 「おごりの」とあるから、傍若無人とまではいかなくても、そこには自己陶酔や傲慢さの匂いがほしい。 現代短歌では「うつくしきかな」は、ストレートすぎる詠嘆だ。 欲をいえば、ここをスマートにおさめたい。 というようなことを、あれこれあれこれ考えているうちに 「 畏れを知らぬ春のヴィーナス」という下の句が浮かんだ (私の場合、下の句から短歌ができることが、なぜか多い。 これなら、美しいという語を使わずにすむし、「おごり」のニュアンスも出るのではないか。 次は上の句だが、ヴィーナスという語に合わせて、黒髪もカタカナにしたほうがいいかもしれない。 二十という具体的な数字は効果的なので、このまま使おう。 数字を使ってイメージを定着させるのは、晶子の得意技でもある。 二十歳とはロングヘアーをなびかせて畏(おそ)れを知らぬ春のヴィーナス この訳が完成したとき、はじめて「あ、いけるかも」と思った。 一語一語に即すのではなく、晶子が歌いたかった「気持ち」を、あらためて歌い直す、 という感覚が、具体的な手ごたえとして宿った。 やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君 これも、あまりにも有名な一首だ。「やは肌」「あつき血汐」「さびしからずや」「道を説く」といった古典的な、 ちょっと古めかしい言い回しが、まったく古典的でない大胆な内容を、非常にうまく引き立てている。 もちろん、晶子の時代には、言葉じたいはちっとも古めかしくなく、 むしろその大胆な内容が注目された新しい一首だっただろう。 が、時とともにアンティークな色合いとなった言葉たちが、 今となっては、あからさまな現代語よりも、ぐっとセクシーな雰囲気をかもしだしている。 せっかくそういう味が出てきているのに、これを現代語にしてしまっては、もったいない。 そんな思いが強くて、なかなか手をつけられない一首だった。 燃える肌を抱くこともなく人生を語り続けて寂しくないの 元の歌の「さびしからずや」という相手への問いかけ(と同時に挑発)が、私はとても好きだ。 こんなふうに女性が男性へ歌を投げかけたことは、かつてなかった。 その問いかけの部分を大事にして、会話調の文体で訳してみた。 できあがってみると 「 『チョコレート革命』の中にあっても、おかしくない一首だね」 と友人に言われるほど、自分らしい歌になっていた。 なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな この一首も、人口に膾炙した、私自身も大好きな歌だ。 なんとなくあの方が待ってくれているような気がしたので、花咲く野辺に出てみると、夕月が出ていた。 そんな夜でした……。 恋をしているときの、ロマンチックな気分。 地上十センチくらいのところを、フワフワ歩いているような気分。 それが、みごとに表されている。 またしても、どんな言葉を足すことも引くことも必要のない歌のように思われた。 なんとなく君が待ってる気がしたの花野に出れば月がひらひら 甘い気分に誘われるように出てきた野原で、ぽっかりと出会った月。 その月は、現実の月であると同時に、恋の気分を照らし、象徴する月でもある。 そこのところを、原作よりもさらに強く出してみた。 難解な歌をチョコレート語革命 ところで『みだれ髪』には三百九十九首の歌が収められているが、 そのすべてが有名な歌というわけではない。 人々に愛唱されている代表的な作品は、数としてはむしろ少数派だ。 有名な歌は、なんとなく意味も合わせて馴染まれているが、 そうでない歌には、今の私たちには難解なものが多い。 八つ口をむらさき緒もて我れとめじひかばあたへむ三尺の袖 正直言って、はじめ読んだときには、さっぱり意味がわからなかった。 辞書や注釈書を手がかりに、おおよその意味をつかむのにも、ずいぶん時間がかかった。 八つ口は、女性の着物の袖付け下のわきを縫わないところ。 ここを紫の糸で、私はとめない、とはどういう意味だろうか。 紫は、歌集の中で恋愛を象徴する色として、しばしば登場している。 つまり、脇の縫われていない部分(そこから男性が手を入れることもあったのだとか)を、 一つの恋愛という糸で、しっかりとめることはしない。 ひかれたならば、この三尺の袖を与えよう、というのだから、 私を愛して誘ってくれる人がいるなら、その人にも身をまかせよう、という奔放な恋愛観を歌っている(ようだ。 着物を比喩に使って、一人の男に束縛されるのではなく、 誘ってくれるなら新しい恋愛にも身を投じようという、高らかな宣言……。 この歌は、元の歌にこだわっていては、なかなか埒があかない例の典型だった。 思いきって、こんなふうにしてみる。 ペアルックなんか着ないわ新しい服をくれるという人が彼 下の句には、「新しい自分を発見させてくれる」という意味をこめてみた。 『チョコレート語訳 みだれ髪』ができたとき、版元の女性社員の間で、一番人気があったのが、この歌だったそうだ。 「 この気持ち、わかるぅ」 「 縛りたがる男って、ペアルックを強制したりするんだよね」 「 こんなふうに言えたら、爽快だナ」 と盛り上がる女の子たちが、必ず最後に口にしたのが次の一言。 「 ところで元の歌、どういう意味?」。 これはかなり、元の歌から飛んで、遠くへ着地した一首だった。 『みだれ髪』は、六つの章で構成されている。 今回はその前半の「臙脂紫」「蓮の花船」「白百合」の三章を全訳した (後半は、鋭意取り組み中。 秋ごろ刊行の予定です。 なかでも、「白百合」の章は、与謝野鉄幹をめぐっての、山川登美子との恋のかけひきが背景にあり、迫力のある章だ。 白百合とは、鉄幹が登美子につけた愛称である。 ちなみに晶子には、白萩の君と呼ばれていた。 晶子、登美子、ともに「明星」の新進スターであり、ともに歌のエネルギーを、鉄幹への恋心から得ている二人だった。 歌のうえでも恋のうえでも、ライバルになるのだが、敵対しているというよりは、むしろ「同志」という感じがする。 立場も心も、あまりに近い二人のあいだには、不思議な連帯感があったのではないだろうか。 君が晶子か我が登美子か 立場、ということを少し説明すると、二人が鉄幹に出会ったときには、彼には妻(しかも二番目)がいた。 しばらくすると、子どもまで生まれている。 三角関係という言葉を使うなら、晶子・鉄幹・登美子という図式ではなく、 妻・鉄幹・ 晶子+登美子)という図式になるのである。 当時の道徳観からすれば、許されない恋。 その意味では二人は、まさに同志だった。 競うように「明星」へ、鉄幹への思いを発表する晶子と登美子。 その勇気は、一人では湧いてこなかったのではないかとも思う。 「白百合」を読んでいると、この三人で京都へ旅をしたことが窺われる。 おもひおもふ今のこころに分ち分かず君やしら萩われやしろ百合 鉄幹を思う心に差はなくて君が晶子か我が登美子か 三たりをば世にうらぶれしはらからとわれ先づ云ひぬ西の京の宿 「三人はわびしい兄と妹ね」と京都の宿での私のセリフ ひとまおきてをりをりもれし君がいきその夜しら梅だくと夢見し 隣室の君の寝息を聞きながらその夜は君を抱く夢を見る ただしこの時点で、登美子は親の強引なすすめで、結婚することが決まっていた。 条件的には、晶子は圧倒的な優位に立っていたわけである。 だが、現実の障害があればあるほど、燃え上がるのが恋の炎というもの。 鉄幹は、その後も、登美子に未練たらたらだったようである。 また、晶子のほうも、身をひくように嫁いでいく登美子を、妹のような気持ちで見送っていた。 さはいへどそのひと時よまばゆかりき夏の野しめし白百合の花 白百合の君の花にて占められた「明星」という夏野もありぬ 魔のまへに理想(おもひ)くだきしよわき子と友のゆふべをゆびさしますな 理想捨て嫁ぐ彼女を簡単に弱い女と言わないでほしい もちろんそのいっぽうで、女として、鉄幹の心をとらえている登美子への嫉妬もあり、胸中はなかなか複雑だ。 『筆のあとに山居のさまを知りたまへ』人への人の文さりげなき 「筆跡に山の暮らしをご想像ください」さりげなきラブレター これは、遠く若狭に住む登美子から鉄幹への、抑えに抑えた気持ちを記した手紙。 それに晶子が敏感に反応した歌である。 京はもののつらきところと書きさして見おろしませる加茂の河しろき 「京に君の追憶つらし」と書きさして夫が見下ろす川のしらじら 後に鉄幹と晶子と、二人で訪れた京都だったが、鉄幹は登美子のことを思い出して、 手紙を書いているようである。 物理的には一番そばにいるのは自分なのに、 精神的な隔たりを感じているという、辛い歌だ。 登美子が去ったあと、晶子は対照的に、堺から東京へとやってくる。 やがて鉄幹の離婚が成立し、妻となる晶子。 現代風にいえば、不倫・遠恋(遠距離恋愛 ・三角関係の三重苦を乗り越えての恋の成就である。 ドラマだったら、ここで終わるところだが、現実の人生は長い。 もし晶子の恋が、障害のある状況によって燃やされているものだったとしたら、 すべてがクリアされた後、急速に冷めてしまったことだろう。 だが、晶子の恋は本物だった。 結論をいえば、彼女は死ぬまで鉄幹を愛しつづけた。 いや、愛というような穏やかな表現よりも、惚れつづけた、といったほうが、 ぴったりくるかもしれない。 本物の恋は数ではない 十二人の子どもを生んだ、ということもさることながら、 節目節目の魅力的な歌集というのが、鉄幹への思いに支えられている。 パリへ留学中の鉄幹を追って、渡欧したときの歌が収められている『夏より秋へ』。 ああ皐月仏蘭西の野は火の色す君も雛罌粟(こくりこ)われも雛罌粟 そもそも、この留学は、文壇的にはやや落ち目になった鉄幹に、新しい道が開けるようにと、晶子がすすめたものだった。 その費用をつくり出す苦労は、並大抵のものではなかっただろう。 そうして夫を送りだしたものの、恋しさに耐えられず、半年後、晶子自身もパリへと向かう。 七人の子どもを置いて会いにゆく、という行動力。 しかも今のように、飛行機でひとっ飛びという時代ではない。 海路でウラジオストックへ行き、そこからシベリア鉄道に乗るという大変な旅だった。 もう一冊、晶子の歌集をあげよと言われたら迷わず『白桜集』だ。 晶子が亡くなって後に編まれた遺歌集で、ここには鉄幹への挽歌が収められている。 挽歌といっても、ほとんど相聞歌と呼べる内容だ。 青空のものと楓のひろがりて君亡き夏のはじまれるかな 晶子の生涯を知ると、恋は数じゃないな、とつくづく思う。 もちろん、平和な相思相愛の状態ばかりではなかっただろう。 けんかして鉄幹が家出したことや、浮気を告白されて晶子が傷つくことなども、あったようだ。 そういうことをも含めて、恋愛というものを、晶子は味わいつくしたのだと思う。 その相手は、鉄幹というたった一人の男性で、十分だった。

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1週間くらい前に、歯で口の中を嚙んでしまいました。 その噛み跡の傷の個所が口内炎になってしまいました。 傷から細菌が入ったと思われます。 たまにあることですが、あまりひどくならないことが多いので治るまで待つことがほとんどでした。 今回、嚙んだ傷が深かったのか、口内炎がひどくなってなかなか治らない状況です。 口内炎になると、熱いもの、冷たいもの、すっぱいものなど刺激のあるものを飲食するとすごく痛いです。 食べる時も食べにくいし、歯を磨く時にその部分にブラシが触ると飛び上がります。 貼り付ける薬があるようなので、ドラッグストアで買ってきました。 いろんなメーカーの製品がありましたが、第一製薬の「トラフルダイレクト」というのを買ってきました。 患部に貼り付けます。 最初要領がつかめず失敗しましたが、2回目からは何とかなりました。 最終的に溶けるので貼りっぱなしでいいのですが、意外と早く溶けてしまいます。 ひどくならい内に早く使っておけばよかったと思う次第です。 丸いのを裏表間違わないように口の中に貼ります。 トマトは普通は、苗を購入するか、種をまいて苗を育てるかです。 「野菜畑」という雑誌に赤く熟したトマトを丸ごと植えるという記事がありましたので 試しに植えてみました。 その本によると市販トマトはいろんな品種を交配させてできているのでそのまま植えるといろんな種類のトマトの芽が出てくるらしいです。 早く芽を出すグループ、2番目、3番目に芽を出すグループなどに分かれその中で 2番目3番目の苗を育てると味の良いものができることが多いと書いてありました。 長期冷蔵庫に入ったまま柔らかくなってしまったトマトで試します。 どうなるかわかりませんが、芽が出たら報告いたします。 真っ赤に熟したトマト丸ごと植えます。 中玉のトマトです。 今日の日付で表示しておきます。 久々に瓦そばを食べました。 山口県では有名な瓦そばですが、最も有名なお店が「たかせ」だと思います。 看板にも「元祖・瓦そば たかせ」と書かれています。 私は瓦そばとうな茶のセットを注文しました。 熱い瓦の上に茶そば、その上に錦糸卵+牛肉+ねぎなどが定番です。 これを温かいつゆにつけて食べる山口県のソウルフードでしょうか。 一般家庭ではさすがに瓦は使いませんが、ホットプレートで作って食べます。 スーパーでも瓦そば用の材料を売っています。 そばも柔らかい部分と下のほうはよく焼けてカリッとした部分があり変化も楽しめます。 行ったのは、かたせ本館です。 そばに東本館、南本館もあります。 これが瓦の上に乗った瓦そばです。 ウナギのお茶づけ、これもおいしいです。 ごちそうさまでした。 完食です。 イチゴの被害は昨晩は無く、ひと安心です。 新たな武器を設置しました。 --------------------------- モードが1~5まであって、動物によって嫌がる周波数を変えることができます。 モード3が小さな犬、猫、タヌキです。 試しに我が家のネコ(ケンタ)で試したら後ずさりして逃げました。 計3匹で試しました。 多少反応は違いますがいずれも嫌がって逃げましたので、効果はありそうです。 防滴仕様なので屋外の設置できます。 上のソーラーパネルで電池の充電ができます。 自家消費用にイチゴを植えています。 先日から赤くなりかけているのがいつの間にか次の日には無くなっています。 周囲にネットを張っていますが、鳥か動物かが採って食べているようです。 ご近所さんなどから聞いたりして、予想としてネットの下からタヌキがもぐりこんでとったという説が有力です。 今日ネットの下から入りずらいよう強化してました。 これで様子を見てダメなら別の方法を検討します。 どなたか良い対策をご存じなら教えてください。 青いのまでもいで食べ散らかしています。 黒マルチには足跡らしきものがついています。 おそらく、これまでに50個以上やられているのではと思われます。 前日の写真です。 同じ場所を今日撮った写真です。 右の昨日赤くなりかけたのが無くなっています。 他にもこんな感じで被害が出ています。

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